静岡の友を訪ねるために東名高速道路を走っていた時のこと。白雪の富士の峰が、丸い帽子のような雲にすっぽりと覆われていた▼「笠雲ですね」と、迎えてくれた友。上空の湿った空気が、山の斜面にぶつかることで山頂まで上昇し、できる雲らしい。「富士山が笠をかぶれば雨」との言い伝えも。実際、語らううちに雨がしとしとと降り始めた。友も今、悩みの風雨のただ中にいるという。「この信心で、必ず花咲く時が来る」と励まし、再会を約し合った▼2月の冷たい雨も、立春を過ぎた暦の上では「春の雨」と呼ばれる。万物が生き生きと躍動する季節に向け、大地を潤す雨と思えば、不思議と気持ちも軽くなる▼法華経では仏を「雲」に、教えを「雨」に、一切衆生を「草木」に譬えている。雨は一切の差別なく、あまねく大地に降り注ぎ、恵みをもたらす。ただ草木の個性によって、異なる花が開き、異なる実がなる。同じように、一人一人が他人にはない“自分らしさ”を発揮することができると説く▼人生においても、いつ“花”が開き、どんな“実”を結ぶかは、一人一人で違うもの。人と比べたり、焦ったりする必要はない。諦めない限り、必ず輝く時が来る。富士のような不動の心で、自分自身の栄光の空を仰ごう。