法悟空 内田健一郎 画 (6346)
平和文化祭は、関西や中部などの方面にとどまらず、引き続き、各県ごとに開催され、平和意識啓発の一つの運動として、新しい流れをつくっていくことになる。
この一九八二年(昭和五十七年)は、創価学会が世界平和の実現のための運動に、これまでにも増して、さらに大きな一歩を踏み出していった年であった。
青年平和会議や学生平和委員会主催の青年平和講座、婦人平和委員会(後の女性平和委員会)の講演会も盛んに行われた。また、第二回となる「女たちの太平洋戦争展」や、地域に根差した草の根の平和運動として、「沖縄戦と住民展」「徳島県民と戦争展」など、各地の歴史に光を当てた展示会を開催していった。
四月には、創価学会青年平和会議とUNHCRが主催し、「アジアの難民」救援募金を全国約六百五十カ所で実施したのをはじめ、青年部が国連広報センターと共に、長崎市平和会館で「私たちと国連」展を行っている。
六月七日、ニューヨークの国連本部で、第二回国連軍縮特別総会が開幕した。この総会に際し創価学会は、NGOとして、広島、長崎の三十人の被爆者を含む、五十人の代表団を派遣し、「被爆証言を聞くNGOの集い」や「反核討論集会」を実施したのである。
さらに、総会の四日前から会期終了まで、国連広報局及び広島・長崎市と協力し、国連本部総会議場一般ロビーで、「現代世界の核の脅威」展(後の「核兵器――現代世界の脅威」展)を開催した。
世界の人たちは、核兵器が実際に使用された脅威を知らない。日本は、膨大な数の犠牲者を出し、核の悲惨さを体験した唯一の戦争被爆国である。ならば、その使命は、この地上から核兵器を廃絶することにこそある。
ノーベル物理学賞を受賞したアインシュタインは、自らの信念を、こう述べている。
「もしもわれわれが心から平和の側に立つ決心をする勇気をもつならば、われわれは平和を獲得するはずです」(注)
戦争をなくす力は、人間の意志の力である。
小説『新・人間革命』の引用文献
注 『アインシュタイン選集3』井上健・中村誠太郎編訳、共立出版