文学座の名優・杉村春子さんらが座るテーブルに、一人の紳士が歩み寄る。花瓶に挿された菊を取って贈ったその人は、中国の周恩来総理だった。「中日友好の花が、万代に咲き薫ることを願って」▼1972年の日中国交正常化の翌月、北京の人民大会堂で行われた祝賀会の一こまである。16年も前から幾たびも訪中し、演劇交流を重ねてくれた日本の文化人の労に謝したい――信義を重んじる“人民の総理”らしい心遣いだった▼杉村さんは生前、本紙てい談に2度登場している。最初は83年、中国話劇「茶館」を民音が招へいした時である。次は95年。民音の助力に感謝しつつ、長年にわたり演劇交流を続けてきた理由を語っていた。「たとえ一粒の小さな砂であっても、たくさん集まれば大地にもなる」と▼「草木は大地なくして生長する事あるべからず」(御書900ページ)。芸術の大花を愛でることができるのも、信頼の大地を耕し、友情の種を蒔いた先人たちの労苦があったればこそであろう▼国交正常化45周年を彩る、中国国家京劇院の民音公演が始まった。来月まで全国28会場を巡る。〽友誼の桜は永遠なりと……(山本伸一作詞「桜花縁」)。周総理と日本を結ぶゆかりの花・桜の美しい季節に、友好の花を咲かせる旅である。(之)