大白蓮華巻頭言

大白蓮華 2018年(平成30年)4月号(No.822)

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御書と進む ! 大聖人と共に !

御書を開くことは、日蓮大聖人とお会いすることである。大慈大悲(だいじだいひ)の音声(おんじょう)をお聴(き)きすることである。

御書を拝(はい)すれば、御本仏の偉大なる御振(おんふ)る舞(ま)いを、そのまま仰(あお)ぎ見ることができるのだ。

御聖訓には、「明(あきら)かなる事・日月(にちがつ)にすぎんや 浄(きよ)き事・蓮華(れんげ)にまさるべきや」「日蓮 又 日月と蓮華との如くなり」(1109ページ)と仰せである。

自行化他(じぎょうけた)の題目を唱え、行学(ぎょうがく)の二道に励(はげ)む我らは、この大聖人の大生命に真(ま)っ直(す)ぐに境智冥合(きょぅちみょうごう)できる。

ゆえに、一人一人が、勇気と智慧(ちえ)の大光(たいこう)を赫々(かっかく)と放ち、いかなる生老病死(しょうろうびょうし)の闇(やみ)も晴(は)らせぬわけがない、いかなる苦悩(くのう)の泥沼(どろぬま)からも、幸と平和の蓮華(れんげ)を必ずや咲(さ)かせ広げゆけるのだ。

「兄弟抄」には、「がうじやうに はがみをしてたゆむ心なかれ、例(れい)せば日蓮が平左衛門(へいのさえもん)の尉(じょう)がもとにて・うちふるまい・いゐしがごとく・すこしも・をづる心なかれ」(1084ページ)と示されている。

「御書根本」の恐(おそ)れなき行動こそ、わが創価学会の永遠の誉(ほま)れである。

戦時中、邪宗門(じゃしゅうもん)は臆病(おくびょう)にも御書の要文を削除(さくじょ)した。
御書のままに、弾圧(だんあつ)にも屈(くっ)せず「死身弘法(ししんぐほう)」を貫(つらぬ)き通(とお)されたのは、牧口・戸田両先生であられる。

そして立宗700年の大佳節(だいかせつ)に、戸田先生が願主(がんしゅ)となって、創価学会版「御書全集(ごしょぜんしゅう)」が発刊(はっかん)された。

「智者(ちしゃ)に我義(わがぎ)やぶられずば用(もち)いじとなり」(232ページ)との学会精神の根幹(こんかん)が、ここにあるのだ。

人類の
幸福勝利(こうふくしょうり)の
宝典(ほうてん)を
学び語れや
不退(ふたい)の勇気(ゆうき)で

今、全世界で御書が研鑽(けんさん)されている。御書を学び合い、御本仏の広大無辺(こうだいむへん)の御境涯(ごきょうがい)に包(つつ)まれながら、人類の大連帯を強め、高めゆける時代に入った。

「現代の鳩摩羅什(くまらじゅ)」として、翻訳(ほんやく)・通訳(つうやく)の使命を担(にな)い立ってくださっている方々への感謝(かんしゃ)は尽(つ)きない。

言語を超(こ)え、国を超え、民族を超えて、大聖人の励ましは、何ものにも遮(さえぎ)られずに人々の心へ届き、内(うち)なる仏(ほとけ)の生命(せいめい)を呼(よ)び覚(さ)まさずにはおかないのだ。

「日蓮が唱(とな)うる所(ところ)の南無妙法蓮華経は末法一万年(まっぽういちまんねん)の衆生(しゅじょう)まで成仏(じょうぶつ)せしむるなり」(720ページ)

この大誓願(だいせがん)に触(ふ)れれば、我らの心も奮(ふる)い立ち、じっとしてはいられない。
歓喜踊躍(かんきゆうやく)して「地涌(じゆ)の菩薩」の戦いを起(お)こさずにはいられないではないか。

大聖人は、即身成仏(そくしんじょうぶつ)について質問してきた女性を、「偏(ひとえ)に只事(ただごと)にあらず、教主釈尊(きゅしゅしゃくそん) 御身(おんみ)に入(はい)り替(かわ)らせ給(たも)うにや」(1262ページ)とまで讃嘆(さんたん)なされていた。

この御文(ごもん)に照(て)らしても、「教学部任用試験」に挑(いど)み、仏法に入門されゆく尊(とうと)き同志と会友の方々の福徳が、いかばかりか。一緒に学び、応援してくださる先輩方の福徳も、これまた計(はか)り知(し)れない。

戸田先生は断言(だんげん)なされた。
「御書の仰(おお)せに立てば、絶対に行(い)き詰(づ)まらない。
何事(なにごとに)も、どう勝ち開(ひら)けばよいか、わかるんだよ」と。

一行でも、二行でもよい。きょうも御書を開き、境涯(きょうがい)を開こう! そして大聖人と共に、「一生成仏」と「広宣流布」の大道を進みゆこうではないか!

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