大白蓮華巻頭言

大白蓮華 2017年(平成29年)1月号(No.807)

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青年とは発心の異名なり
 池田大作

青年の青年たる証しとは、いったい何だろうか。
もとより年齢では決まらない。信心の眼から見れば、今この時に、「発心」の生命を燃え上がらせていく人は、皆、妙法の青年なのだと、私は思う。
去年まで、昨日までが、どうだったかではない。 今年から、今日から、どう挑戦し、前進し、勝利していくか。これが本因妙の仏法の心だからである。
一人一人が、この原点に立ち返り、日々、生まれ変わった息吹でス夕ートする。ここに、我ら創価家族が一丸となって勝ち開く「青年拡大の年」がある。
ゆえに、今再び、信心の初心に戻って確認したいことがある。それは清々しい勤行だ。満々たる生命力が漲っていく張りのある勤行である。

朝な夕なの勤行が、どれほど莊厳な儀式であるか。 いつでも、いずこでも、真剣な勤行によって、我らの生命には直ちに久遠元初の太陽が輝き光るのだ。
私たちが読誦する「法華経寿量」の自我偈には、「一心欲見仏んぶつ)、不自惜身命、時我及衆僧、倶出霊鷲山」とある。
すなわち、衆生が一心に仏を見たいと願い、妙法流布に身命を惜しまない、その時、仏は多くの弟子たちと共に、ここ霊鷲山に出現するとい甚深の法理である。
この経文を通し、戸田城聖先生はよく語られた。
「日蓮大聖人の大生命が、我らの体に,満ち溢れてくるんだよ。自行化他の題目を唱える場所も、そのまま霊鷲山となる。そこには、もう不幸などない」と。

誓願の
師弟は不二と
勝ちまくれ
広布の祈りは
無敵の力ぞ

なかんずく、創価の友は、世界広宣流布の成就を誓願の祈りとして掲ている。だから、尊く強い。
どんな小さな我が家でも、ひとたび勤行・唱題に臨めば、広大無辺なる霊鷲山の会座が広がる。そして三世の仏菩薩と一体になって、わが一念に大宇宙も包みゆくような境涯を広広と開いていけるのだ。
ご聖訓には、「題目を唱え奉る音は十方世界にとずかずと云う所なし」(808ページ)と仰せであられる。
さまざまに分断の亀裂が深まる時代だからこそ、 我らは、妙法の大音声をいやまして轟かせながら、 一家眷属にも、縁する友にも、地域社会にも、さら には全地球の国土世間にまで、「蘇生」と「和楽」と「安穏」の希望の光を贈りゆくのだ。

10年前、福岡での大会で、力強く万歳の音頭をとつてくれた宝友がいる。”村八分”の圧迫(あっぱく)も、また大病も水害も、夫妻して不屈の信心で勝ち越えてきた。今も後継の若人へ、「地涌の菩薩の題目は、恐る恐るの祈りではない。命火を点す一心の祈りで、どんな人の仏性も呼び覚まそう!」と励ましを贈る。
日蓮大聖人は、苦難に挑む門下に仰せになられた。「釈迦 多宝 十方の仏・来集して我が身に入りかはり我を助け給へと観念せさせ給うべし」(1451ページ)と。勝利の要諦を教えてくださっているのだ。
さあ、今日も、新たな発心の勤行から出発である。若々しい題目の獅子吼で、勇気凛々と勝ち進もうではないか! 地涌の青年を澎湃(ほうはい)と呼び出しながら!

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