名字の言

〈名字の言〉 2022年6月17日  一家の夕食は、夫婦が当番制で準備するという男子部員。ある休日、彼が「たまには外食でも」と家族を誘うと、幼い息子は「パパご飯、ママご飯がいい」とごねた。

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一家の夕食は、夫婦が当番制で準備するという男子部員。ある休日、彼が「たまには外食でも」と家族を誘うと、幼い息子は「パパご飯、ママご飯がいい」とごねた。夫妻は困惑しながらも、うれしくなった▼子どもにとって、両親が一生懸命に作ってくれたご飯を食べる時間は、家族の愛情に包まれ、単におなかを満たす以上の意味がある。同様に、人それぞれの「食事の思い出」も料理とともに、その時の情景を呼び起こすものだろう▼そば屋を営む友人読者を本紙で掲載したところ、紙面を見た女性部員から便りがあった。数十年前、社会人の第一歩をしるした勤務先の近所に、その店があったという。時折、出前を頼んでは堪能したことが懐かしい、と▼だしの味とともに、あの頃の出来事もよみがえった。一番の思い出は「信心と出あったこと」――学会員である職場の同僚に折伏され、入会。社会で奮闘しつつ、充実の青年部時代を送り、後年、両親への弘教も実らせた▼彼女は現在、支部女性部長として活躍。「同じ釜の飯」ならぬ、“同じそば屋の出前”を食べ、数々の思い出を刻んだ同僚とは、今も励ましを重ねては友好を広げている。“食とは体験である”とも言われるが、まさに至言である。(白)