法悟空 内田健一郎 画 (6382)
山本伸一は、九月二十一日、初めて韓国を訪問した。ソウル市の中央日報社ビルの湖巌ギャラリーで開催される、東京富士美術館所蔵「西洋絵画名品展」韓国展の開幕式に、同美術館の創立者として出席するためである。
伸一は、韓国は「日本の文化の大恩人」であり、東京富士美術館所蔵の西洋絵画を同国で初公開することによって、せめてもの「恩返しの一分」になればと考えていた。
また、「人類の宝」を共有し合う文化の交流は、奥深い魂の共鳴を奏で、日韓友好を促進する道であるとの信念があった。さらに、それは、仏法の人間主義を基調に、平和・文化・教育の交流を推進している創価学会への理解となり、メンバーへの励ましになるにちがいないと確信していた。
二十二日、韓国を発った伸一は、福岡、佐賀、熊本、鹿児島と回り、十月二日に東京へ戻った。
そして、六、七の両日は、大石寺開創七百年慶讃大法要・初会に臨んだ。学会は、この時までに、正本堂の補修整備や、総一坊、総二坊の新築寄進などもしてきた。
初会第二日の七日には、伸一が発願主となって寄進した大客殿天蓋の点灯式も行われた。八葉蓮華をデザインした大天蓋は、直径五・四メートル、高さ三・四五メートルで、伸一が点灯ボタンを押すと、透かし彫りの幢幡やカットグラスなどが金色の輝きを放った。
この日、慶讃委員長として祝辞を述べた伸一は、胸中の厳たる思いを披瀝した。
「宗祖大聖人は、開創の大檀越・南条時光殿に、『大難をもちてこそ・法華経しりたる人』(御書一五三八ページ)――大難にあってこそ法華経を知った人といえる――と仰せであります。いかなる難をも、正法弘通のためには決して恐れない。いな、大難こそ無上の誉れとしていく。この御聖訓の通りの金剛信を、私どもは、一生涯、深く持っていく決意でございます」
まさに、その大難が競い起ころうとしていたのである。