池田先生ご指導

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その証拠として、その人の心中には大きな波乱が起こり、動揺を始める。それは、これまで、仏性が目覚めることもなく、ただ平穏に貪瞋癡ないし、第六天の魔王が支配していたところへ、初めて仏性が覚醒したのである。

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どんなに変化に満ちた道程も一念のハンドルによって、正しき方向へ、歓喜と満足の方向へと力強く回転させていく。 これが妙法なのである。いつも何かに左右され、残念だ、困ったと愚痴の絶えない場合が、あまりにも多い。

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驚くべき事実は、三千年の昔に釈尊はすでに生命の本質、生命の実体を残りなく説き示しており、しかも七百年以前に日蓮大聖人は実践の方式を打ち立てられているのである。

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勤行は、壮麗な宝の塔に向かって、天馬、名馬、駿馬にまたがり、進むように、生命の勢いと張りのあるもの。 ジェット機が、ロケットが、大空へと飛びゆくように、「法性の大空」へ「幸福の青空」へ勤行、唱題のエンジンで、生命力豊かに、また、軌道正しく、飛翔していくのである。

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過去世に謗法のないものが折伏に行くと、反対した相手に、すぐ罰が出る。謗法したものは、折伏しても、相手になかなか罰が出ない。しかし、反対され、悪口を言われて、自分の謗法の罪が消えるのである。

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まじめに信心している人であっても、その宿命打開の途上において、大小さまざまな苦しみと戦かわなければならないことがある。無始の昔からの積もり積もった罪障を、いまこの一生で消滅しようというのであるから、さまざまのものが出てくるのは当然である。

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人生も広宣流布も、勝利の源は題目である。気迫の祈りである。魔を打ち破るのも題目しかない。邪知の策謀を打ち破るのも題目である。

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大御本尊様を信じまいらせて題目を唱うるとき、信は因となり、口唱は果となって、この信行倶時にして仏果をえ、われわれの生命のなかに、久遠無作三身如来の御生命がヒシヒシと流れつたわってくるのである。これ「生死一大事の血脈」といいうのである。

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自分と違うところをもつ人を尊敬できる心の大きさが友情の土壌である。大きい心があれば、その分、すばらしい友情ができる。小さい心には、小さな、やせ細った孤独しか育たないであろう。

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今生に法華経を弘通する行者自身に、過去の重罪が現出しきって、それを消滅し去ることが成仏なのである。

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