貴女は「一家の太陽」「地域の幸福責任者」
一、我らの5月3日「創価学会の日」、そして「創価学会母の日」を、世界の同志と一足早く、明るくにぎやかに祝賀することができました。
創価の父・牧口先生も、戸田先生も、いかばかり、お喜びでしょうか!
海外から勇んで駆けつけてくださったブラジル、インド、タイ、マレーシア、シンガポール、韓国、さらにコートジボワールをはじめ、気高き求道の皆さん、本当にありがとう!(大拍手)
一、釈尊は、自らの育てのお母さんに、法華経の会座で成仏の記別を授け、「一切衆生が喜んで仰ぎ見る仏」(一切衆生喜見如来)という名前を贈られました。
この「一切衆生が喜んで仰ぎ見る仏」という素晴らしい名前を、御本仏・日蓮大聖人は、一人の無名のお母さんにささげられております。
夫に先立たれ、苦労して娘を育てていたお母さんです。そして、さながら不軽菩薩のように、悪口罵詈にも負けず、妙法流布に生き抜いていた女性です。
58年前の5月3日、第3代に就任した時、私が妻と誓ったことがあります。
それは――釈尊そして大聖人から「一切衆生が喜んで仰ぎ見る仏」と記別を贈られた最も尊貴な創価の母たちが、世間から、いわれのない悪口罵詈を耐え忍んでくれている。この母たちが、日本中いな世界中から敬愛され、讃嘆される時代を必ず創り開こう! これこそ広宣流布の栄光の実像であるからだ、と。
その通りに今、人類の良識と知性が、「創価の婦人部は、世界一の幸と平和のスクラムなり」と賞讃してやまない時代に入ったではありませんか!(大拍手)
一、今日は、妻からも「『創価学会母の日』ですから何かお祝いを」と言われているので、四つの書をお届けしたいと思います。
ちょうど今、『新・人間革命』の「誓願」の章で、1982年(昭和57年)のことを執筆しておりますが、この年の11月、各地で行われていた婦人部総会を記念して、したためたものです。
初めに「福光母曲」――。
大聖人は女性門下へのお手紙で、題目の功力を譬えられ、「百千万年もの間、闇に閉ざされていた所でも、灯を入れれば明るくなる」(御書1403ページ、通解)と仰せです。
本日で震災より満2年となる熊本でも、婦人部の方々が、どれほど地域に、やさしく、また強く、勇気の励ましの光を送ってこられたことでしょうか。
試練と戦う、いずこの地でも、創価の女性たちは「あの人照らせ この人も」と「福光母の曲」を奏でてくれています。
だからこそ、「悲しみも いざ越えて」「嘆きの坂の 彼方には」、一人一人の蘇生の笑顔が広がっていくのです。
次に「広布長者家」――。
御書には、「家に讃教の勤めあれば七難必ず退散せん」(1374ページ)と示されています。
一人の「小さな太陽」が昇れば、たとえ家族が信心していなくとも、一家眷属を希望へ和楽へ栄えさせていけます。輝く地涌の人材が必ず躍り出てきます。特に、誉れ高き個人会場のご家庭は「広布長者の家」の鑑であります。心より感謝を表すとともに、改めて大切に使わせていただきたいのであります。
さらに「安穏母光」――。
今回、異体同心の団結で新出発したコートジボワールでも、今世紀の初め、内戦が勃発した後、婦人部の皆さんを中心に地区で毎日、リレー唱題を行い、国土の安穏と平和を祈り、友情と信頼の対話を粘り強く貫いてきました。
法華経の寿量品には「我が此の土は安穏にして 天人は常に充満せり」(創価学会版法華経491ページ)と説かれています。
安穏と平和の世界を広げる最も確かな力は、まさしく地域に根ざして、行学に励みゆく母たちの草の根の連帯にこそあるのです。
来月、少人数のグループで開催される婦人部総会の大成功を皆で祈り、「地域の幸福責任者」である尊きグループ長を応援しようではありませんか!(大拍手)
一、そして最後に、「春秋幸乃旅」――。
この四つの書をしたためた直後の11月18日、ここ牧口記念会館の庭園にある「二十一世紀の碑」の除幕式を行い、新世紀への誓願の旅を開始しました。
うれしいことに、当時、除幕をした創価小学生をはじめ未来部の友たちも、今、壮年部・婦人部の第一線のリーダーとして、立派に活躍してくれています。
先日、来日されたインドの大哲学者ロケッシュ・チャンドラ博士は、有名なユネスコ憲章の一節を踏まえつつ、「平和は人の心の中で生まれる」という新たな潮流を起こすことを、創価の私たちに深く望まれました。
さあ、我ら創価家族は、太陽の婦人部を中心に、そして従藍而青の青年部を先頭として、人類の平和の創造へ、「老いゆく歳も 忘れ去り」、「今日も元気で」、春秋幸の旅を! と申し上げ、私のメッセージといたします(大拍手)。