広布の一切の責任を担い立て
愚人にほめられたるは第一の恥
大聖にほめらるるは一生の名誉
「世界広布新時代第37回本部幹部会」(1日、横浜市鶴見区の神奈川池田記念講堂)の席上、1991年10月の関西総会での池田先生のスピーチ映像が上映された。師弟共戦の心で、新たな人間革命の歴史を刻みゆく友の指針として掲載する。
一、大変にご苦労さま! また、祝賀の集い、本当におめでとう!
一、私が『人間革命』の執筆を決意したのは、戸田先生の「真実」を、正しく後世に伝えたい、残しておかねばならないとの思いからであった。
戸田先生の弟子と名乗る人は多かった。また、戸田先生にお世話になり、直接、指導を受けた人も数多くいた。
にもかかわらず、戸田先生の死後、師敵対して、学会に反逆する者も出ている。
それは、戸田先生の「真実」を知る人が極めて少なかったことを物語っている。
事実と真実――これほど判別の難しいものもない。人間の目に映った「事実」が、必ずしも「真実」を表しているとは限らないからである。
「事実」は、ある意味で、だれにでも見える。しかし「真実」は、それを見極める目を磨かなくては、決して見抜くことはできない。
一、こんなエピソードがある。
戦前のことだが、初代会長の牧口先生が一生懸命に講義をされているのに、理事長の戸田先生は、よく将棋をさしていたというのである。
周囲の人は、それを見て、「会長は講義、理事長は将棋」と陰口を言い、「不遜極まりない、傍若無人な振る舞いである」と非難した。
しかし、そこには、戸田先生の深いお考えがあった。
当時、厳しく罰論を説く牧口先生についていけず、一部に離れていこうとする人々もいた。
そこで戸田先生は、悠々と将棋をすることで、学会の自由さを示しながら、雰囲気をなごませ、励まし、退転への防波堤となっておられたのである。
そうした戸田先生の「真実」を、牧口先生だけはご存じであった。
だからこそ、あの厳格な牧口先生が、そうした振る舞いを、決して咎めようとはされなかったのである。
一、また、戦後、戸田先生の事業が暗礁に乗り上げた時のことである。莫大な負債。会社は倒産。給料も、もらえない。人々も去っていった。
しかし、そのさなかで、先生は私に言われた。「大作、大学をつくろう、創価大学をつくろうよ。いつごろつくろうか」と――。
他の人が聞いたら、何を“ほら話”をと思ったであろう。
苦境という「事実」はどうあれ、この悠然たる心に、先生の「真実」があった。その壮大なる希望、闘争の一念、絶対の確信――私は知っていた。私は忘れない。
だが、その先生を、「ペテン師」「詐欺師」と非難する者は多かった。一時の姿のみで、先生を悪人と決めつけたのである。
先生は、まったく弁解されなかった。そうした人々とは、あまりにも「次元」が違っていた。「境涯」が、人間としての「格」が違っていた。
一、「事実」といっても、一断面のみ見れば、「真実」とまったく違った様相を呈する場合もある。
また、同じ「事実」を前にしても、そのとらえ方、見方は、人によって異なる。歪んだ鏡には、すべてが歪んで映る。歪んだ心の人には、一切が歪んで見えてしまう。物事を見極める眼力――それは、自らの「境涯」で決まる。
御書に「愚人にほめられたるは第一のはぢなり」(237ページ)と。また戸田先生も、この御聖訓を拝して、「大聖にほめらるるは一生の名誉なり」と言われていた。
一、戸田先生の「真実」とは何か。
結論して言えば、「広宣流布あるのみ」――ただそれしかなかった。そして、「広宣流布」を進めゆくための「創価学会」を築き、守りぬいていく以外にない――ここにこそ、先生の「真実」があった。
そして「大切な仏子を、一人残らず幸福にさせたい」との一念――先生のお考え、行動の一切は、そこに発し、そこに尽きていた。もとより、相手の地位や名声、財産など、まったく眼中になかった。
ある時は、阿修羅のごとく悪を砕き、ある時は、大海のごとき慈愛で同志を包んでくださった――ただ一人、広布の前進を担われた先生であられた。
一、私は、19歳の夏、先生とお会いした。1年数カ月後、21歳からは直接、先生のおそばで働いた。365日、朝から夜中まで、懸命にお仕えした。
――「真実」を知るためには、多面的に「事実」を多く知ることも、その一つの前提となろう。
なかでも、その人物が、「最悪の事態のなかで、何をなしたか」を見極めることが肝要であろう。
人物の真価は窮地にあってこそ、明らかとなる。
その意味で私は、先生を、あらゆる面で、つぶさに見てきた。先生の「真実」を、魂の奥底に刻んできた。
一、私は「先生の行くところ、どこまでも行く。先生とともに生き、先生の目的のために死のう」と決めた。弟子として先生の志を受け継ぎ、広宣流布の一切の責任を担いゆかんと決めた。
その時から、先生のお気持ち、お考えが、鮮明に心に映じはじめた。師の真の偉大さ、すばらしさを、胸中深く焼き付けることができた。
また打つ手、打つ手が、師のリズムに合致しゆく自身を確信した。
私が言っていること、やっていることは、すべて先生の心を受けての言動のつもりである。師弟の心は、どこまでも「不二」でなければ、仏法の生命はない。
最後に、尊き使命の生涯を、ともどもに、見事に「満足」で飾っていただきたい、と申し上げ、本日のスピーチとします。
ありがとう! お元気で!