小説「新・人間革命」

〈小説「新・人間革命」〉 暁鐘 三十五 2017年10月12日

スポンサーリンク

 法悟空 内田健一郎 画 (6196)

 スカラ座での語らいで、バディーニ総裁は、さらに言葉をついだ。
「この公演は、山本先生の力がなければ、実現しなかったでしょう」
思えば、民音の専任理事であった秋月英介がスカラ座を訪ね、日本公演の交渉に当たったのは、十六年前のことであった。スカラ座全体を招いての公演など、日本でも、アジアでも例がなかった。日本の文化・芸術関係者は、民音がスカラ座を招きたい意向であることを聞くと、決まって「夢想だ!」と一笑に付した。民音や学会などに世界最高峰の大歌劇団を呼べるわけがないというのだ。
しかし、伸一は、秋月に言った。
「心配しなくても大丈夫だよ。スカラ座には、どこまでも音楽の興隆のために尽くそうという、誇り高い精神を感じる。その伝統を受け継ぐ音楽の担い手たちが、民衆の新たな大音楽運動を推進している民音に、関心をもたないわけがない」
この伸一の確信通り、スカラ座は日本公演に賛同の意を示し、やがて仮契約を結ぶまでにいたった。だが、当時の総裁の他界や、後任の総裁の病による引退などが続き、事態は、なかなか進展しなかった。
そのなかで伸一は、民音の創立者として、陰ながら応援し、手を尽くしてきた。そしてこの一九八一年(昭和五十六年)秋の、スカラ座日本公演が決まったのである。
困難の壁に、一回一回、粘り強く、体当たりする思いで挑んでいく。その行動の積み重ねが、誰もが“まさか!”と思う壮挙を成し遂げ、新しい歴史を創り上げていくのだ。
翌四日、伸一は、モンダドーリ出版社に招かれ、教育出版局長らと懇談した。同社はイタリア最大手の出版社で、伸一と世界の知性との対談集を、イタリア語で出版する企画があり、この日の訪問となったのである。
同社からは、後に、『法華経の智慧』が出版され、大きな反響を呼ぶことになる。
出版は、思想を流布し、精神の対話を育み、文化向上の力となる。