〈社説〉学会を支える友に感謝 2019年12月25日 陰の労苦ありて広布は前進

陰の労苦ありて広布は前進
ある時、日本画の巨匠・横山大観が「世のほまれも君に頒つべきものなり」と手紙を書き送った。受け取ったのは、越前和紙職人の初代・岩野平三郎。彼は、大観や竹内栖鳳など、名だたる日本画家の要望に応え、芸術の興隆を支えた。「苦心こそ人のはげみとはなるものなり」と自らに挑み、紙質を高めた(高橋正隆著『絵絹から画紙へ』文華堂書店)。
大観が感謝を形にしたように、芸術は一人では成せない。日本画であれば、墨に硯、筆を作る職人がいて、絵が完成した後も、仕立て、保存する表具師がいる。リレーのように技と誇りのバトンがつなげられて一つになる。
日夜、私たちがつづりゆく広宣流布の絵巻も同じだろう。全世界のあの町、この町で、同志が多彩な役割を担う。会場に集う友がいれば、役員として迎える友がいる。会場を提供する友もいる。
「会場に 一輪添えて 友を待つ」
かつて本紙「新・生き生き川柳」に掲載された句だ。会場で交わされる言葉には、悩みあり、決意あり、感動あり。ドラマの裏には、会場提供者の心配りや努力、見えない苦労がある。
毎度のことであっても、当たり前のことは何一つない。丁寧に感謝を伝え、真心をたたえる振る舞いに、人間主義の仏法が光る。
創価班、牙城会、白蓮グループ、また王城会、香城会、会館守る会、創価宝城会、設営グループ等、一人一人の献身も、仕事や家庭のことなど、さまざまな現実に挑む中での勝利の姿だ。
池田先生は「広宣流布」をこう語った。「それは、ただひたすら、黙々と、人々の幸福のため、世界の平和のために戦い抜いてきた『陰の人』『無名の庶民』による、未曽有の大民衆運動」と。
ある山間部の町で、本紙を配達する婦人部員に同行した時のこと。懐中電灯を左手に持った婦人は、右手で木の枝を拾った。毎朝、通る山道に新しいクモの巣が張るため、枝を前方に振りながら歩く。そんな労苦も全く構わず、むしろ喜び勇んで坂道を登っていく。
明るい声で「1部増えると、推進した方の真心、読まれる方の姿を想像して、とても、うれしくなります」と、晴れやかな笑顔で語っていた。
本年完成した世界聖教会館の「城主」と池田先生がたたえた無冠の友。その尊き一歩一歩こそ、「民衆の大地」に「幸の仏縁」を広げる平和への王道であろう。
無数の労苦ありて、世界広布は進んでいく。陰の舞台で尽力する主役たちへ心からの感謝をささげたい。そして、迎えゆく「前進・人材の年」もまた、共に新たな歴史を築きゆこう。

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