パン屋がパンを焼けるようになること――そんな“当たり前の日常”を取り戻すことが難民問題の解決だと訴えたのは、今年、92歳で亡くなった緒方貞子さんである▼日本人初の国連難民高等弁務官を務め、イラクのクルド人支援、ルワンダ難民など冷戦後の大量難民問題に取り組んだ。国家中心の安全保障に代わる概念として、あらゆる脅威から人々の生存や尊厳を守る「人間の安全保障」を提唱したことでも知られる▼現場主義を貫き、人々の中に飛び込んでは、一人一人の声をもとに対策を講じた。その姿が尊敬を集め、アフリカでは子どもに「サダコ」と名付ける人も多いという。緒方さんは「人々の苦しみに接するたびに湧き上がった怒りと悲しみが、いつでも、この仕事を続ける原動力」と(東野真著『緒方貞子――難民支援の現場から』集英社新書)▼リーダーが現場を知らなければ確かな舵取りはできない――人道支援に限らず、あらゆる運動の鉄則だ。広布の現場でも全く同じである。リーダーが最前線で同志に寄り添い、共に悩み戦ってこそ、新しい時代を開く知恵と力が湧く▼今、緒方さんの志を継ぎ、人道支援の分野で献身する日本人が増えているという。真剣な「一人」の行動によって、世界は少しずつ変わっていく。(朋)