名字の言

〈名字の言〉 2017年1月31日

携帯電話の待ち受け画面は、空のアイスクリームのカップを写した画像だった。不思議に思い、その理由を持ち主の婦人部員に聞いた▼小学生だった息子が遠足に行く日の朝、彼女は体調を崩して寝込んでいた。それでも弁当を作り、送り出した。お土産に、と息子は母の大好きなアイスクリームを買う。だが、持ち帰った時には溶けきっていた▼「おっちょこちょいな、わが子らしい」と述懐する婦人は泣き笑い。以来、そのカップを大事にとってあるという。婦人が宝のように大切にしているのは、息子の「優しい気持ち」だろう。今や立派な青年になった“息子”は、母の隣で照れ笑い。周囲も親思いの彼をたたえた▼ある仏法説話を思い出す。道端で、徳勝童子、無勝童子という2人の子どもが土遊びをしていると、釈尊が弟子を連れて通り掛かった。2人が、実際には食べられない土の餅を供養すると、釈尊はほほ笑み、受け取った。その功徳で徳勝童子は、後にアショカ大王として生まれた。純粋な真心は大功徳に結実する、との教えである▼御書に「凡夫は志ざしと申す文字を心へて仏になり候なり」(1596ページ)と。だれかのために尽くそうという「心」「志」が、福徳あふれる人生を開くと確信し、今日を前進したい。(城)

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