対象となる客観世界の探求は自然科学等の範囲であって、この方面における研究は驚くべき長足の進歩をきたしている。
しかし一方の主観世界たる生命の探求はいっこうに進んでいない。
驚くべき事実は、三千年の昔に釈尊はすでに生命の本質、生命の実体を残りなく説き示しており、しかも七百年以前に日蓮大聖人は実践の方式を打ち立てられているのである。
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とにかく、諸君が悩んでいるのは、もっとはっきりしたものをつかみたいからなのである。御本尊を信じて南無妙法蓮華経と唱えれば、必ずや生命の内なる変革をもたらし、もやもやとしたものは、はっきりし、問題は解決するのである。
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太陽、月、星星を含め、宇宙の一切は欠けることなく私たちの胸中にある。と、それは言うなれば、一人一人の胸中に、無限のドラマを展開する大宇宙と同じエネルギーがある。
無限の可能性という至極の宝がある。
自分の中にある生命力は宇宙を動かしコントロールする力と同じものである
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「成長したい」が友の心。リーダーは深い触発を!
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昨日までの功績に酔うものは退歩と知れ。指導者は未来に生きよ。
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ロシアの宇宙飛行士セレブロ氏
「地球は、だれの所有物でもなく、人類共通の家なのだ、この宇宙哲学が、今こそ必要だ!」
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生命それ自体が幸福に向かって前進しているとき、これを妨げる働きが本念的にあらわれてくる。これは変わらぬ道理である。この働きを魔と名づけるのである。
魔とは観念ではない。生命自体の一実相であり、さまざまな現象となってあらわれてくるものである。幸福への反作用である以上、魔はあらゆる姿で仏道を求める者を妨害しようとするのである。
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一国の明暗を決める決定権のある権力者が占いや祈祷師などを頼り、決めている現状は笑ってしまうけどこれが現実、世界中の指導者は学問で大学などの高等教育をうけた者等を重要視して目に見えない生命論にはまるで赤子同然です、そうゆう人たちが国の指導層を占めている 釈迦3千年以降人類が宇宙に飛び出す時代なのに心は猿の惑星のようです