池田先生ご指導

私どもの信心が情弱であったり、形式的であったりすれ ば、その功徳を引き出してい くことはできません。 たとえ ば、唱題に励んでいたとしても、心は上の空で、仕方なく、 義務的に題目を唱えている ――それでは、 本当の功徳を 受けることはできないし、

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主体的に、能動的に、勇んで信心を
私どもの信心が情弱であったり、形式的であったりすれ ば、その功徳を引き出してい くことはできません。 たとえ ば、唱題に励んでいたとしても、心は上の空で、仕方なく、 義務的に題目を唱えている ――それでは、 本当の功徳を 受けることはできないし、祈りも叶いません。受け身ではなく、御本尊に巡り合い、一生成仏できることへの感謝と歓喜をもって、主体的、能動的に、 勇んで信心に取り組んでいくことです。
その時に、御本尊の大功徳を享受していくことができるんです。
(中略)私たちには、等しく仏性が具わっています。この仏の生命を涌現して、 一生 成仏していくことが、人生究 極の目的です。 それを可能にするのが、御本尊の功徳力なんです。 その大力を引き出し、功徳を享受していくには、“わが人生は広布とともに”と覚悟を定め、 「勇気ある信心」「潔い信心」を貫いていくしかありません。(第26巻 「大道」)