今日寝て明日の朝、起きる。それと同じです。死んだと思ったら、すぐに来世なのです。しかも自分が生まれたい所に、生まれたい時に、生まれたい姿で生まれてくる。地球とは限らない。「もう地球は飽きた」(笑い)という人は、他の星に行って働くのも自由です。
「人を頼るな」ということである。人などあてにしない。自分が一人、立ち上がる。自分が一人、戦い抜く。 私も五十年、信心をしてきて、よくわかる。結局、「一人立つ」しかない。そこにしか勝利はないのである。 「羊千匹より獅子一匹」である。
(生命が)曇っているが故に仏の生命が出てこない。罪業に染まっているのです。それを懸命に磨くことが題目であり、折伏です。仏法から見れば我々が難を受けるということは、水に濡れるようなものであり、雨に打たれるようなものです。後がさっぱりするのです。
苦しいといっても、自分が全部積んできた業です。因果の法則が仏法です。 苦楽ともに思い合わせて、苦しくても南無妙法蓮華経、嬉しくても南無妙法蓮華経。だからどんな人でも最後は皆、南無妙法蓮華経の境涯になるのです。仏になるのです。
わが胸中の御本尊を開くのである。ダイヤモンドのごとき仏の生命を開き、輝かせるのである。(自身の内部にある生命力を)自在に涌現できるのが信心である。 戸田先生はよく言われていた。「自分の中にあるものが出てくるのだよ。無いものは出てこないぞ」と。