池田先生ご指導

広布に生きった人は、臨終の際、我が生命の諸天善神等の力用が、一挙に全面的に発動する。 そして断末魔の苦しみをはじめ、襲いかかる「死苦」から、完璧に守りきってくれる。

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広布に生きった人は、臨終の際、我が生命の諸天善神等の力用が、一挙に全面的に発動する。
そして断末魔の苦しみをはじめ、襲いかかる「死苦」から、完璧に守りきってくれる。
そして内なる一念の力用はその瞬間、外なる大宇宙の諸天善神の発動をも呼び起こす。そして内外相応して自在の力を発揮し、直ちに「寂光の宝刹」すなわち宇宙の仏界という次元へと、必ず融合していける。
この意味から、臨終の際の諸天善神の動きとは、信心によって蓄えられた我が生命の「証」ともいえる。
つまり、「死」は一面からみれば、人間が今世における一切の虚飾をはぎとられて、裸のままの「生命」それ自体が持つ真実の「力」で立ち向かわざるを得ない難関である。