名字の言

〈名字の言〉 2018年9月15日  「あの“雨の文化祭”が私の原点です。生涯、忘れません」

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 「あの“雨の文化祭”が私の原点です。生涯、忘れません」――35年が過ぎた今も、沖縄の多くの同志がそう語る。1983年、池田先生が出席して開催された「沖縄平和文化祭」である▼約3カ月の練習期間は「雨との戦い」だった。週末の度に雨が降り、前日のリハーサルも雨で中止。当日の本番直前、夜来の雨は上がったものの、会場の沖縄市立陸上競技場には西から厚い雲が近づいていた▼「開始時間を早めてはどうか」――提案したのは池田先生だった。10分早く開幕。未来部の演技が終了した直後、宮古島の友が伝統の“雨乞いの踊り”を演じていると、偶然にも大粒の雨が降り注いだ。しかし再び雨はやみ、感動のフィナーレに。絶妙な“天の演出”となった▼“恵まれた環境”であれば、これほど皆の心に残り、語り継がれる歴史にはならなかったかもしれない。困難があったからこそ、「負けてたまるか!」と一人一人の闘志が燃え、心が一つになった。「波浪は障害にあうごとに、その頑固の度を増す」とは、池田先生の青年時代からの座右の銘である▼困難を前に、諦めずに挑み続ける。その中で人間は鍛えられ、成長する。試練を乗り越えたとき、崩れざる人生の原点が築かれ、広宣流布の道も大きく開くことを心に刻みたい。(結)