この一念を、特大の電気ドリルだと思って岩盤のような自分の煩悩に突き刺し 両手で握りしめてダダダダ・・・と砕き、けちらして、生命の奥底にある仏界のゾーンに 到達したイメージをしたい。

「願いの叶う祈り方」は?
まずは、自分を肯定するところから始まると思う。
こんな自分に悩みが来るのは、なるべくして成った罰だとか
過去世の宿業だとか、「どうして私が・・」という
信心への不信などが出てきたらまずは、そういうモヤモヤしたものを自分の中から 吹っ飛ばしたい。
なので、まず始めに「私は100%地涌の菩薩である」と深呼吸をして、自分を肯定することが大切だと思う。
なぜ地涌の菩薩なのか?末法に生まれてきて、信心をしているからです。
奇跡の中の奇跡を、もう手に入れている自分がいる。
このあまりにも当たり前のことを、心の底から信じたい。
自分って「めちゃくちゃ運がいい人」だったんだ。
そして、もっと大事な地涌の菩薩の証拠は、「悩みが出て来た」ということだそうです。
過去の菩薩や仏は、完全に成仏しているので悩みがない。悩みが出てこない。
地涌の菩薩だからこそ、悩みが出て来たのです。
それも、自分で計画的に出した悩みだ。
「そんなこと知らない」と言っても本当らしい。
願兼於業で、自分で作った人生のシナリオにちゃんと書いてあるらしい。
ということは、やっぱり私たちは法華経の行者であり地涌の菩薩であることは間違いない。
「一念の違い」「心の根底の違い」
一瞬で変えることのできる「その一念」をどう変えるか?
結局、誰のせいでもない。全ては自分の責任。
「ご本尊の前に座った瞬間から悩みが解決することは確定している。」という

あとは、この悩みに立ち向かっている自分を褒め「私の現実は、シナリオ通りに動いている。
当然のように悩みは解決する」と確信した自分を演じる。
そして、やれるだけのことを全力でやる。良い結果が出ないわけがない。
と自分の心の師が言っているような気がする。

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コメント

  1. アバター ふるやくみこ より:

    素晴らしい