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「朗々と妙法を唱え抜き、感激に燃えて戦うのだ!『本当にありがたい!うれしい!』―この燃え立つ信心があれば、祈りは叶うのだ」

勤行や活動も、具合の悪い時は、やらないことです。

白馬がパッパッと駆けているような朗々とした勤行・唱題をしていきましょう。御本尊にビンビンと響き、感応していく勤行・唱題に、無限の功徳があるのです。

願いは、心の奥底のものが叶うのです。

それを観念論というのです。口に、意に読んだのを身に読んだと錯覚している場合が多いようです。

題目をバカにして策に走れば、結局は敗れる。 生命を賭けた戦いに福運はつく。

仏法は道理です。信心をしているから大丈夫と考えるのは間違いです。 “健康になるぞ!”と深く決意し、唱題に励み、規則正しい生活を送っていく。

現代の人間は非常に欲張りでありながら、成仏という絶大な利益を願わない点においては、無欲とも愚かともいうより他はない

御本尊も同じだ。こちらの信力・行力の強弱によって、功徳に違いがあるのだよ。

人生の総決算に問われるのは蔵の財でも身の財でもない。いかなる「心の財」を積んできたかである。

この「法華経の兵法」は戦いのあらゆる極意の中で最高峰に位置する兵法の王であり、中国の孫子呉子の兵法と比しても遥かに超絶して優れているのだ。

信心の深さが変わらなければ、生活は変わらない。信心が深ければ生活は一変する。運命の転換ができるのである。

御本尊を信じなさい。創価学会を信じなさい。

こっちには信心があるからといって、手をこまねいていると、そこに油断がおきるのだ。

退転状態の人を、再び信心に奮い立たせるためには、まず、何をなすべきか?

日蓮大聖人の仏法は、逆境にある人が、必ず幸福になる宗教である。

悪口をいわれるたびに、罪が消えていくのです。 功徳が増してくるのです。

人間革命は「自分という小宇宙における広宣流布」といえる。それを各人が積み重ねていくことによって広宣流布が進んでいく。

この世のいかなる富も死後まで持っていくことはできない。しかし「生命の大長者」は、宇宙大の財宝を自由に使いながら、永遠に「幸」の旅行をしていける。

心と体の根本にあるのは生命です。根本の「生命」を鍛え、浄化し、拡大していくのは仏法しかない。

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