池田先生ご指導

池田先生ご指導

その自分とは、せんじつめれば一念である。一念とは、具体的には祈りに集約される。地涌の勇士としての"誓願の祈り"こそ、自己を限りなく向上させ、活躍させ、完成させていく原動力である。

0
池田先生ご指導

自身の将来のために、一家の本当の繁栄のために、覚悟して一生涯、信心をしてみなさい。必ず心の底からよかったという日がくるから、

0
池田先生ご指導

石を打つとき、力が弱ければ火は出ない。 信弱く、強き祈りのない形式的な唱題には、所願の成就はないのである。

0
池田先生ご指導

確信すれば、わが身はいよいよ無量の功徳につつまれていく。疑ったり、文句をいった分、せっかくの功徳を自分で壊してしまう。「心こそ大切」である。私たちは日蓮大聖人の仰せどおりの「心」で進みたい。その結果は必ず、この「一生」のうちに現れてくる。

0
池田先生ご指導

地球は、いつも何かを「育てよう」としている。春も夏も秋も冬も。花を育てよう、木を育てよう、と。 宇宙の「育てる力」。生命の「育つ力」。――その根源が妙法である。その実践が信心である。

0
池田先生ご指導

信心が「本」であり、組織は「迹」である。 境涯が「本」であり、役職は「迹」である。

1
池田先生ご指導

信心がおろそかになったときに、病気の姿をあらわさせるのである。 より信心を深め、生命を蘇生させていくために、その病気があると思いなさい。

1
池田先生ご指導

「よし!」と決めた瞬間、全神経が、ぱーっと、その方向に向く。「だめだ」と思えば、その瞬間に、全神経が萎縮し、本当に「だめ」な方向に向かっていく。 この微妙なる一念の劇を知っていただきたい。

0
池田先生ご指導

「大作、お前は死に急いでいる。それは困る。お前が死んだら、俺のあとはどうなるのだ!」それで私は生きた。生きぬく以外になくなった。 生死を超えた師弟であった。

0
池田先生ご指導

ある婦人の曰く。「どうして壮年は、腰が重いんでしょう」。 やる気はある。それを表現しないだけである。「忠臣蔵」の討ち入りのごとく、最後に皆をあっと言わせようと思っているからだ。

0