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本日の御書

本日の御書 日蓮といゐし者は去年(こぞ)九月十二日子丑(ねうし)の時に頸(くび)はねられぬ、此(こ)れは魂魄(こんぱく)・佐土(さど)の国にいたりて返年(かえるとし)の二月・雪中(せっちゅう)にしるして有縁(うえん)の弟子へを

【御書本文】
日蓮といゐし者は去年(こぞ)九月十二日子丑(ねうし)の時に頸(くび)はねられぬ、此(こ)れは魂魄(こんぱく)・佐土(さど)の国にいたりて返年(かえるとし)の二月・雪中(せっちゅう)にしるして有縁(うえん)の弟子へをく(贈)ればをそ(畏)ろしくて・をそ(怕)ろしからず(開目抄p223)

【通解】
日蓮と名乗った者は、去年(文永8年)9月12日の深夜、子丑の時に頸をはねられた。これは、その魂魄が佐渡の国に至って、年が改まって2月、雪深い中で記して、有縁の弟子に贈るのであるから、難は恐ろしいようであるが、法華経の行者にとっては、恐ろしいものではない。

【先生の指導から】
「発迹顕本(ほっしゃくけんぽん)」とは、凡夫の身に久遠の仏界の境地を顕すことである。仏法は「人間」が主役だ。戸田先生は「久遠の凡夫」とも言われた。ありのままの人間の生命に、いかなる大難をも乗り越える無限の力が具わっている。
一日一日、題目を朗々と唱え、わが胸中に「勇気の炎」を燃やし、何ものも恐れずに進む。ここに、我らの発迹顕本の道がある。