要するに、六根清浄とは「全身これ広宣流布の武器たれ」ということです。要領でなく、計算でなく、不惜身命で広布へ働いていく時、限りのない生命力が全身にしみわたってくる。智慧もわく。元気もわく。慈愛もわく。
例えば、年をとって目が悪くなっても、手はまだ動く。手紙も書ける。口は動く。電話もできる。無理をするということではなく、胸中に「戦う心」が燃えていることが大事です。その「信心」があれば、六根清浄です。
どんな悩みがあっても、全部、「価値」に変えていける。「功徳」に変えていける。その大生命力を「法師功徳」というのです。
結論すれば、仏勅の創価学会とともに、広宣流布ひとすじに生きた人は必ず、「これ以上はない」という無上道の軌道に入っていくということです。
前進しきった人が、必ず勝つ。
題目を唱えきった人が、必ず最後は勝つのです。