〈名字の言〉 2020年1月5日  同志が抱負や朗報をつづる年賀状は

同志が抱負や朗報をつづる年賀状は、わが一年の前進も加速させてくれる希望の便りである。今年の1枚に友が一筆。「昨年、ついに父が入会。20年越しの夢だった親子そろって新年勤行会へ!」▼賀状に印刷された儀礼のあいさつ文以上に、余白の自筆の一文に心が揺さぶられる。それは筆遣いに書き手の息遣いや体温を感じるからに違いない▼哲学者のデカルトは名著『方法序説』を、学術界で主流だったラテン語ではなく、市民が日常使うフランス語で書いた。一通りの学問を究めたデカルトは専門書ではなく、「世間という書物」、つまり実生活での体験を通して真理をつかもうとした。また同書の執筆理由である「私の半生を一枚の絵のようにそこに写し出してみたい」という願いを実現するには“庶民の言葉”が最適だったのだろう▼日蓮大聖人は御書に仮名文字を多用した。それは庶民に寄り添い、心を砕かれた証しである。自らの振る舞いや心を生き生きと描写することで、正しい生き方や信心の歓喜を、時代を超えて人類に指南するためだったと思えてならない▼私たちが信心根本に、現実の社会や生活で課題に挑戦する中で築いていく実証こそ、広宣流布の実相である。そう確信し、力強く一年を進んでいこう。(城)

皆様のコメント全部はこちら