自分の慢心に打ち勝った人のみが、人生の凱歌の記録を残すことができるのである。

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自分の慢心に打ち勝った人のみが、人生の凱歌の記録を残すことができるのである。
すなわち彼は絶対に「もうこれでいい」という慢心には陥らなかった。
彼は言う「上達する努力とは、一にも二にも練習です。もう自分は練習なんかしなくっても負けやしないと思ったとき、その人は下り坂にかかっていると言うことを忘れないで下さい。
慢心といっても自分でそう思っている人間はいない。ましてや、厳しい勝負の世界にいれば、慢心は続けられるはずもない。
ここでいう慢とは「もうこれでいいのではないか」という闘争心の衰えのことである。
自分の現状に甘んじ、進歩を忘れた停滞の姿である。大切なことは、実はそれ自体が、すでに敗北の姿であるということである。
…「もうここまでやったのだから」と無意識のうちに「挑戦の魂」を失うからであろう。いったん限界を突破した人間は、あとは「自分との闘争」といえる。