戸田先生は、どんなに忙しくても、青年たちを温かく迎えられた。
「よく来たな! 未来に大きく羽ばたく諸君だ。私は期待し、信頼しているよ」
先生は、青年を、こよなく愛された。
とくに晩年は、“もう青年しかない。青年しか信頼できない。青年が後を継ぐのだ。青年が伸び、青年が増えれば、学会は大きくなり、広宣流布はもっと早く進んでいく”というお心であられた。
私も今、戸田先生とまったく同じ気持ちである。
創価学会は、これから一段と、青年に力を入れていきたい。
一、また戸田先生は言われた。「広宣流布は、思想戦であり、言論戦だ。
書きに書かねばならないし、しゃべりにしゃべりまくらなければならない作業であり、大運動なのだ」と。
どんどん書け。しゃべりにしゃべれ。黙っていてはいけない。言うべきことは、強く言い切っていけ。それでこそ、広宣流布は進むのだ、との戸田先生の厳命である。
もちろん、聞くべきときは、きちんと聞かなければならない。
そのうえで、青年ならば、邪悪を許さぬ、鋭い言論の力を持つべきだ。
「一」言われたら、「十」言い返し、打ち返す「反撃力」を磨き抜いていくのである。
いわれない非難を受けて、黙って下を向いているような意気地なしの青年であってはいけない。
おとなしくして、かしこまっていては損するだけである。
相手の生命に叩き込むくらいの執念と勢いで、これでもか、これでもかと反論することだ。真実を語ることだ。沈黙しないことだ。
生命力に満ち満ちた私たちの力強い「声」――それが“広宣流布の弾丸”である。
偏見や無理解の壁を破る“正義の大砲”である。
わが信念を、わが正義を、どんな相手にも、しゃべって、しゃべって、しゃべり抜いていくのである。
それが愉快で、楽しくてしかたないという一人一人になっていってこそ、広宣流布は、一段と勢いを増して進んでいく。