いかなる大難ありとも揺るがざる信心、その一つの支えは、教学の研鑽がおおいなる力となるにちがいない。
その大切な御書を拝する姿勢は、すばらしき信心の発露からであっていただきたい。
心ほど瞬間瞬間、微妙に変化して、複雑きわまりないものはない。
その心が透徹して、つねに大御本尊へ、大御本尊へと祈り、信じ、深め、たしかにしゆくところに、信心の信心たるゆえんがあるといってよい。
この南無妙法蓮華経の御本尊の仏力・法力に感応しゆゆく私どもの信力・行力によって、いかなる宿命、宿業も絶対に打ち破ることができるのである。
宿業の厚き鉄の扉といっても、御本尊への強き祈りの信心によって、かならずや開きゆくことができるのであり、これを妙法というのである。