生命というものは、色形すなわち現象面、物質面でとらえられることのできる範囲がすべてだというのではない。その内奥に、それらを顕現させている広大な生命の実体がある。
私たちの九界の生活、とりわけ、三悪道とか六道の生命活動は、五陰を働かせつつも。かえって、宇宙生命より発する本念的な創造のエネルギーを弱め、また、その顕在化を阻害してしまいがちです。
魂の領域を「心理学的宇宙」と呼んだのは、トインビー博士であったが、まさしく、人間の魂の内面は永劫の過去と未来を包含し、物理的宇宙とも表裏一体となった大宇宙そのものである。
たんに現世のみでなく、自己自身の過去の謗法の罪が生命深く染みついていて、それが私たちの人生の幸・不幸を左右しているのである。
正法に染まるか謗法に染まるか、三世にわたる生命の法則は、たんに個人の上にあらわれるのみでなく、一家眷属にも及ぶのが仏法の厳しさと偉大さである。
煩悩が不幸をもたらす元凶であることは疑いないが、それは同時に、生命の一種のエネルギーでもあるという事実に目をむけなければならないのである。煩悩と対決しようとすればするほど、生命が生きようとするエネルギーの噴出と対決しなければならなくなる。
煩悩が煩悩を増幅させていく原理と同じく、智慧もまた智慧を増幅させていくのである。
予想していた困難や障害も、いざ腹を決めて取り組むと不思議なほど良い方向へ良い方向へと解決していった。
最近信心即生活の意義がわかってきたような気がします。頑張ります。