池田先生ご指導

一人一人にとり、もっとも自分に身近なはずの心が、じつは得体の知れない怪物である。八億四千念という無数の心がわずか一日の間に揺れ動いているとすれば、

魔は、戦おうという人の生命力を奪い、やる気をなくさせようとする。時には、今回のように、同志の嫉妬となって現れることもある、あるいは先輩幹部の心ない発言となって現れることもある。また、病魔となって、組織のリーダーを襲うこともある。
こちらの一念が定まらないで、逃げ腰しになれば、魔はますます勢いづいてくる。それを打ち破るのは題目であり、微動だにしない強盛な信心の一念しかない。


一人一人にとり、もっとも自分に身近なはずの心が、じつは得体の知れない怪物である。八億四千念という無数の心がわずか一日の間に揺れ動いているとすれば、いったい、どの心を「自分の心」と確信をもって断言できるというのか。かりに、ある瞬間の心を、自分の心と断言しても、それはまさに氷山の一角にすぎず。残りの無数の心は大海のなかに没している。「自分の心」などというものは一種の幻にすぎず、そんなまぼろしに捉われず、ただひたら、仏法の発見した永遠不変の真理(法)に則って生きるべきことを仏法は教えている。
たしかに、私たちは唱題後に、何か大きな力がついたように感じます。その感じは、唱題する者が一様に感ずるものであり、そのかぎりでは間違いないでしょう。しかし、理論的には、生命力なるものがついたのではありません。もともと自分の色心の奥底に内在していた本来の力が現れてきたということなのです。


妙法という宇宙生命の根源力が、その抵抗力とたたかって、これを止揚しつ発現してくる。力は抵抗があってはじめて力たりえる。抵抗や反対のないところには力は発現しない。おのずから、人は抵抗を求め、これとたたかうことにより、より以上の力を発揮する。
仏界の涌現が、われわれのなかにある煩悩と汚辱にまみれた九界の生命とたたかい、これを止揚しつつ発現してくる。

  1. 百八改め八億四千煩悩王 より:

    何時も力強い激励を頂いて感謝しております。
    皆さんが幸せになっていく多くの慈悲の言葉や励ましを妬んで悪用する者たちが 入り込んでいます。との文面には、月刊ペンや福嶋の告発本の能書きのように創価の信心の正義が証明されているなぁと思います。
    私達は信心強情に師弟不ニの信心で、共に励まし 共々に行きましょう 
    個々の幸せと 広宣流布へ‼

Translate »