宇宙と一つになる健康な生命
「何になるにも体が肝心、健康でなくしてどうして宇宙と一つになれよう」
多忙な日々でしょうが。健康第一、楽観第一で「宇宙と一つになる」信仰の力を楽しみきっていきたい。
私は大河であり、大海である。私は大鳥である。私は宇宙と一体である。
肉体は滅しても、生命は滅びることなく、また、新たな誕生を迎える。そして、罪業も、福運も、境涯も、自分が作り出したものであり、それは、そのまま、来世にも引き継がれると説く。
今世の人生の勝利が、そのまま来世のスタートとなる。
この生命の法理に立脚してこそ、人は死を直視し、限りある人生の一日一日を最後の瞬間まで、人間の完成に向かい、自己を燃焼させ続けることができる。
広布と自身の成長のために懸命に努力すれば、労苦のすべてが自身の福運として開花する。
法華経が「信」を強調する理由を、生命の次元でいえば、法華経の目的は生命の根本的な無知、すなわち「元品の無明」を断ち、「元品の法性」すなわち本来の自己自身を知る智慧に目覚めることにある。この法性を仏性、仏界といってもよい。
ところが、これは生命の最も深層にあるゆえに、より表層にある理性等では開示できない。
それらを含めた生命の全体を妙法に向かって開き、ゆだねることによって、はじめて仏性、仏界は、自身の生命に顕現してくる。
妙法に対して自身を開けば、妙法が自身に開かれる。
宇宙の根元の法を、その宇宙の一部である人間の小さな頭でつかむことはできない。
その法が自身の生命に顕になるように心身を整える以外にない。
今世で命を鍛えきったなら次の世に生まれたらその鍛えた命に達するまで納得するまでの生きかたになるのではと思います