トインビー博士「日蓮の遺命を創価学会が実行」
一、かの釈尊は、世界最高峰のヒマラヤのふもとに王子として生まれ、大宇宙の究極の法則と合致しゆく、生命の最高峰の境涯を示されました。
末法の御本仏・日蓮大聖人は、世界最大の太平洋のほとりに「民の子」として聖誕なされ、釈尊の遺命を受け継がれつつ、全人類の幸福と平和の道を広大無辺に開いてくださったのです。
小説『人間革命』の英語版が発刊された折、トインビー博士から寄せていただいた真心あふるる序文には、こう記されていました。
「日蓮の地平と関心は、日本の海岸線に限定されるものではなかった。日蓮は、自分の思い描く仏教は、全ての場所の人間の仲間を救済する手段であると考えた」
そして、「創価学会は、人間革命の活動を通し、その日蓮の遺命を実行しているのである」と――。
トインビー博士も見つめておられた、壮大に全地球を潤しゆく、誉れ高き民衆仏法の源流こそ、ここ千葉であり、我らの大関東であります。
大聖人直結の「敢闘精神」に燃える創価家族、すなわち埼玉、千葉、茨城、群馬、栃木の異体同心の皆さん、堂々たる大拡大、そして大勝利の関東総会、誠におめでとう!(大拍手)
さらに、海で結ばれた各国の宝友を迎えて、世界広布の息吹にみなぎる本部幹部会を、大聖人がどれほど喜んでくださっていることでしょうか!
海外の尊きリーダーの皆さん方、本当にありがとう!(大拍手)
一、思えば、第3代に就任して最初の夏、私は千葉の犬吠埼と富津海岸で男女青年部の精鋭と錬磨の研修を行いました。その折、健気な地元・銚子の友と、大漁節を歌いながらの野外座談会を開いたことも、忘れ得ぬ思い出です。
今、わが不二の誓願の青年部は、大関東をはじめ日本全国そして全世界で、地涌のスクラムを一段と大きく広げながら、目覚ましい勝利の前進を続けてくれています。
その溌剌たる敢闘精神を、私は讃えたい。
そこで今日は、1982年(昭和57年)――若き正義の連帯で「反転攻勢」の波を起こした「青年の年」に、後継の友へ認めた四つの揮毫を通して、今の真情を伝えたいと思います。
一、まず「若人鯱之力」。これは、戸田先生の和歌「荒海の 鯱にも似たる 若人の 広布の集い 頼もしくぞある」を胸に、先駆の学生部へ綴った書です。
海の王者たる鯱は、群を抜いたスピードと無敵の強さ、さらに仲間との優れたコミュニケーション能力、そして団結力でも知られます。
それは、まさしく躍動する英才たちの群像にも通じます。だからこそ、50年前の日中国交正常化の提言をはじめ、平和のビジョンを、私は男女学生部に語り託してきました。
どうか、いやまして躍動する、普く賢い「普賢」の力で、歴史を創る「広宣流布」即「世界平和」の大航路を進んでいただきたい。
一、次に、「栄光天使空」。希望輝く未来部への書です。
妙法受持の家に生まれ育つ宿縁が、どれほど深いか。法華経を拝すれば、過去世に十万億の仏を供養してきた大功労の方々であり、未来へ計り知れない福徳をもたらす大使命の方々です。
ゆえに、わが未来部の成長こそ、全人類の希望であり、喜びなのです。
気高き担当者の方々に最敬礼して感謝するとともに、正義の宝の天使たち一人一人が健やかに栄光の大空へ羽ばたきゆけるよう、皆で一段と祈り、励ましていきたい。任用試験に挑戦する未来部の友も、本当にご苦労さま!
一、さらに、華陽の女子部に贈る書は「福運無限詩」です。
実は、ここ船橋は蒲田支部の縁で、私の妻も女子部時代、幾度も足を運んで同志と学会活動に励んだ天地であり、今日の大発展を何より喜んでいます。
大聖人は、「南無妙法蓮華経は、自他共の生命にも、周囲の環境にも、無量の福運と智慧を広げゆける福智の法である」(御書792ページ、趣意)と明かされています。
小さな、また地道な「心の財」の積み重ねこそが、無限の福運と広がります。
華陽姉妹の皆さんは、仲良く朗らかに支え合いながら、最も美しく、最も価値ある青春勝利のロマンの詩を、春夏秋冬、織り成していってください。
一、最後に、「勇者共戦」。若師子の男子部への記別です。
1973年(同48年)の早春、学会が仏法を基調とした本格的な社会建設へ挑み始めた時に、関東の男子部と心肝に染めた御聖訓があります。
それは、「日蓮が弟子等は臆病にては叶うべからず」(同1282ページ)と。
闘諍言訟の末法は、臆病では何事も成就できない時代である。ゆえに、創価の丈夫は「師子王の心」を持てる勇者として断固と共戦してもらいたい。
結びに、関東の在家の門下である富木常忍に授けられた「観心本尊抄」の一節「天晴れぬれば地明かなり法華を識る者は世法を得可きか」(同254ページ)を共々に拝したい。そして、「太陽の仏法」の大光で、家庭も地域も、社会も世界も、いよいよ明るく照らし晴らそうではないか! と申し上げ、私のメッセージといたします(大拍手)。