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広島から平和の大光を 厳粛に「原爆の日」追善法要 2018年8月7日 被爆体験を聞く会も

被爆体験を聞く会も
厳粛に営まれた勤行法要。全参加者が、不戦への誓いを新たにした(広島池田平和記念会館で)

 広島の「原爆犠牲者・戦没者追善勤行法要」が、73回目の「原爆の日」である6日午前、広島市の広島池田平和記念会館で厳粛に営まれた。
これには、被爆者や遺族、青年部の代表らが参列。原爆、戦争、核実験等で亡くなった全世界の犠牲者の冥福を祈り、核兵器廃絶と恒久平和への誓いを込めて勤行・焼香した。
また、先般の西日本豪雨で犠牲になった全ての方々への追善回向の祈りをささげた。
篠原中国長は、永遠平和の原点の地・広島から、不戦の潮流を広げようと呼び掛けた。
法要に参列した宇佐美正彦さんは5歳の時に、母やきょうだいと爆心地から約2・4キロの地点で被爆。父はフィリピンで戦死した。母は、女手一つで3人の子どもたちを育て上げたという。宇佐美さんは「父を奪った戦争、そして母を苦しめた原爆は、絶対にあってはならないことです。青年の皆さんと共に、その誓いを共有したい」と力を込めた。

同日午後には同会館で、広島女性平和委員会主催の第15回「被爆体験を聞く会」が開催された。ここでは、壁面七宝作家の田中稔子さんが登壇した。
田中さんは爆心地から約2・3キロの地点で被爆し、多くの友人を失った。残酷な記憶を思い出したくないと、長い間、口を閉ざしてきた。
そんな田中さんが証言活動を開始したのは2008年。ピースボートの船で南米を訪れた際、現地の政府関係者から、被爆経験を語るよう、強く背中を押されたことがきっかけだった。“原爆で将来を絶たれた方々の無念を伝える責任が、生き残った被爆者の私にはある”と思い返したという。そして、今日まで世界の各地で証言活動を続けている。
席上、田中さんは「美しくクリーンな青空が、若い人の頭上に広がっていることを、そして人類が原爆の悲劇を二度と繰り返さないことを強く願っています」と語った。
「ヒロシマ」から世界を照らしゆく平和の大光を!――巡り来る「8月6日」は、その誓いに立ち返り、行動を開始する日である。

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