小説「新・人間革命」

〈小説「新・人間革命」〉 誓願 四十九 2018年5月23日

 法悟空 内田健一郎 画 (6379)

 山本伸一は、世界広布へ全力で突き進んでいった。時は待ってはくれない。
日本国内では、学会への恐喝及び同未遂事件で逮捕された、山脇友政の裁判も続いていた。伸一は一九八二年(昭和五十七年)十月にも、その翌年にも、検察側証人として出廷していた。東京地裁での第一審判決は、八五年(同六十年)三月であった。
判決は「被告人を懲役三年に処する」というものであった。当然、実刑である。「量刑の事由」では、「被害金額が大きいのみならず、弁護士の守秘義務に背き、背信性がきわめて強い犯罪であるといわなければならない」としていた。さらに、「活動家僧侶と結んでその学会攻撃を支援し、かつ週刊誌等による学会批判を煽るような行動に出ながら」、他方において、僧俗和合を願う学会を脅迫するという、山脇の卑劣で悪質な手口も明らかにした。
しかも、裁判においても、さまざまな虚偽の工作を行ってきたことを指摘。「被告人は、捜査段階から本件事実を否定するのみならず、公判では幾多の虚構の弁解を作出し、虚偽の、証拠を提出するなど、全く反省の態度が見られない」「本件は犯情が悪く、被告人の罪責は重大」と断罪した。
また、判決文では、「被告人の供述は、信用できない」といった表現が随所に見られた。法廷で虚言を重ねてきたことも明白になったのである。
山脇は、「懲役三年」という東京地裁の判決に対して、直ちに控訴する。しかし、東京高裁においても、判決が覆ることはなかった。
これを不服として上告するが、九一年(平成三年)一月、最高裁は棄却し、「懲役三年」の刑が確定するのである。
八〇年(昭和五十五年)六月に、学会が警視庁に告訴し、八一年(同五十六年)一月、山脇は逮捕。それから十年がたっていた。
広布の行く手に立ちはだかる、いかなる謀略も、学会の前進を阻むことはできない。御聖訓には、「悪は多けれども一善にかつ事なし」(御書一四六三ページ)と。

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