【御書本文】
大王此の声を聞食し色は日輪の如し膚は月の如し力は那羅延の如し謀は梵王の如し(内房女房御返事p1424)
【通解】
大王はこの声を聞かれて、色つやは日輪のように輝き、膚は月のように鮮やかに、力は那羅延のように強く、謀は梵天王のように豊かになったのです。
【池田先生の指導から】
張りのある勤行
第一に「張りのある勤行」である。
勤行に張りがなくなってくると、体調もさえない。これは多くの人が実感されていることであろう。うなずいておられる方もいらっしゃる。(笑い)
唱題の声は、よく白馬のいななきにたとえられる。白馬の鳴き声を聞いた王が、どのように色心(身体と心)の威光勢力を増していったか――御書には次のように述べられている。
「膚大王此の声を聞食し色は日輪の如し
はだえは月の如し力は那羅延の如し謀は梵王の如し」
――過去の輪陀王という大王は、この声(白馬の鳴く声)を聞かれて、色つやは太陽のように輝き、肌は月のように鮮やかに、力は大力の那羅延のように強く、知謀、知恵は梵天王のように豊かになった――。
那羅延というのは、諸天の一つで、堅固力士、金剛力士などともいう大力の持ち主である。一説では、大きな象の七十倍もの大力を有するとされる。
このように、題目の声には大きな功徳があると、大聖人は仰せである。真剣に唱えゆく福徳は、計り知れない。体も心も頭脳も、その秘めた力を限りなく発揮しはじめるのである。
なお、正座して背筋を伸ばし、深く呼吸することは、医学的にも正しい呼吸法の一つとされる。
そして呼吸機能の活性化は、心臓や血管の循環機能も高めていく。また、声を出すことは体によく、ストレス解消にもなると、あるドクター部の方が言われていた。声を出さなくなると、早く老けこんでしまう。
声を出すといっても、いろいろある。夫婦げんかで(笑い)、あたりかまわず大声を出しても(爆笑)――それもストレス解消になるかもしれないが(笑い)――だれもほめてくれない(笑い)。あまり価値がない。その分、唱題に励んだほうが利口である。
端座し合掌して勤行・唱題することは、あらゆる意味で、大宇宙の法則にのっとった、もっとも荘厳にして意義ある儀式である。小宇宙である私どもの色心も、根本のリズムに合致していく。日々、若々しい生命となっていく。これが「健康」「長寿」の第一の基本である。