
池田先生ご指導


大確信をもつには、まず小さな体験でよいから、功徳の体験をたくさん積んでいくことです。

恐れもなければ、グチも嘆きもない。晴れやかな「強気の信心」でいくのです。そこにこそ妙法の無限の功力が噴出してくる。

勤行のなかに自分自身の生命、信心の実相が、きちんとあらわれているものだ。前進している信心、生き生きとした勤行の実践があれば、生命は躍動し、宇宙のリズムと見事に調和してくる。

「一行一行、御書を拝しながら、『その通りです。まったく、その通りです』と深く拝読していくんだ」

信心というものは、一生涯貫いていくものだ。その過程で、すっきりしなくなったり、調子が悪くなったり、スランプになったり、題目がどうしてもあがらなくなったりすることがある。

一念三千ですから、悲観的な考えや一念は、その通りに現実のうえに展開して、実際にマイナスの結果を引き寄せてしまう。マイナス思考の人は、自分が考えた通りに結果を自分で生み出しているとさえ言えるでしょう。

生命は永遠なのだから。妙法を唱えていて、かりに不幸に見えることがあっても、それは、最大に幸福になる意義をはらんでいるのだから。

現実に我々の生命それ自体も冥伏せる仏界を具現できるのだと説き示したのが、この宝塔品の儀式である
