
池田先生ご指導


境泊が塵を取るように、明鏡が物の色を浮かべるように、必ず感応して諸天の加護は現れ、祈りがかなうことはまちがいないのである-と。

三世永遠のためへの不動の一心、一念への出発としゆく日蓮大聖人の仏法というものの骨髄を色読されることを祈ってやまない。

「祈りは具体的でなければならない」ということである。それでこそ祈りは御本尊に感応し、「事の一念三千」の法理にのっとって、宇宙のあらゆる次元の働きが、祈りの実現へと回転を始める。

三十数年間の信仰生活で実感するのだが、人をおとしいれようとした人こそ、自分にやましいことがある。また、そのみずからの悪を隠そうとする根性があるものだ。

師子は、百獣の中で、一番力があるのだ。南無妙法蓮華経と唱える音声は、師子の吼ゆるがごとき勢いをもつものであると、大聖人が仰せになられているのである。

われわれも生活が行き詰まったり、病気や苦しいことにあったなら、このときこそ、仏になれる、人間革命ができるのだと信じて、しっかり題目をあげようではないか。

「世間でも勝ちなさい。仏法でも勝ちなさい」――と。学会はこの「断じて勝つ」信心を貫いたゆえに、あらゆる障害を乗り越え、奇跡と言われる大勝利、大発展を成し遂げたのである。

反対に、要領よく立ち回るだけの人は、表面は良いように見えても、福運はつかない。善根は積めない。
