
池田先生ご指導


とくに、もっとも緻密にして確実な宇宙の大法則である妙法に合致しゆく「信心」に狂いを生じた場合には、その狂いの結果も、重大なものとなる。 自らの人生を「迷走」させ、三世にわたる苦しみをもたらすだけでなく、

記憶力がよい。知識もすぐれている。 社会的にもたいへんな力をもっている、といっても、それは即信心の強さではない。 成仏を決める力でもない。

入会という成果をもって折伏が完結するのではなく、幸福と勝利という結果を出すまでが折伏です。つまりは「人材育成」であります。

一人の成仏は、一家一族、子孫末代、先祖にまで、ことごとく「与同利益」を与えていくものである。 それほどに絶大なる力ある妙法である。逆に、一人の退転は「与同罪」を広げていくことになってしまう。 これほど自身も周囲も不幸なことはない。

人の目はいくらでもごまかすことはできる。自分の奥底の一念というものは、他の人にはわからない。しかし、生命の厳たる因果の理法だけはごまかせない。

顔が変わるぐらい祈るんです。命の底から、本気になって題目をあげるんです。そうでないと何も残らない。魔が破れないで、いくらやっても空転である。

勇んで庶民のなかに入り、指導・激励し、弘教していく。 そこには大きな苦労と人一倍の悩みもある。 そのなかで唱題し、繰り返しその労苦に挑んでいく。

つまり、どのような苦難にも崩れない絶対の「安楽」の境涯は、いかなる「難」にも屈せぬ強き信心の確立にあることを銘記してほしい。
