スポンサーリンク池田先生ご指導池田先生ご指導 少々の難、少々の苦労があったとしても、どうして一喜一憂することがあろうか。 それらは、いわば人類の業であり、永遠になくなることはない。 2021年10月20日 2:01 PM少々の難、少々の苦労があったとしても、どうして一喜一憂することがあろうか。それらは、いわば人類の業であり、永遠になくなることはない。また、生老病死の苦悩を離れて、人間も人生もないのである。何の苦労も、悩みも、悲しみもなく、過ぎ去っていくような人生は、あまりにもむなしく、愚かである。生きがいもない。大聖人の仏法の極意は、煩悩即菩提。苦しみが大きいだけ、苦悩が深いだけ、悟りも喜びも大きいのである。