「歓喜の信心」「感謝の信心」に、福運も功徳もいやましていく。いつも不平、不満をいだき、義務感で動いている重い心の人には、功徳は微弱である。弾む生命で、信心のことは喜び勇さんで実践しようとの一念の人に、功徳は増しゆくのである。
この一念の違いは微妙なものえである。喜びの心の出発か、不平の心の出発か、最初はたいした差はないようにみえても「チリも積もれば山となる」で、時とともに、大きな差がでてくるのである。
どうか、つねに、歓喜の信心、喜びの活動へと向かいゆく強き信心の一念をたもち続けていただきたい。