池田先生ご指導

自分がわからないからこそ、無理を生じたり、思わぬ破滅を招いたりする。 信心こそ、自分を映し出す鏡を磨く作業である。

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「仏法には自分観、人生観、社会観、宇宙観のすべてが包含されている」と戸田先生は教えてくださった。
自分というものは、わかるようでわからないものだ。
自分がわからないからこそ、無理を生じたり、思わぬ破滅を招いたりする。
信心こそ、自分を映し出す鏡を磨く作業である。
ゆえに御本尊に南無し、信心の鍛錬の持続によって、自分がおのずからわかってくるものだ。
仏法は道理である。
道理にはずれたことを、いくら願っても叶うものではない。
その道理に立って、自身を錬磨していったときに自分というものがみえてくるし、低次元の悩みに動かされない自己がつくられていくのである。