小説「新・人間革命」

〈小説「新・人間革命」〉 大山 二十六 2017年2月1日

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 法悟空 内田健一郎 画 (5986)

 山本伸一は、一冊のアルバムを用意していた。そこには、故・周恩来総理の日本への思いに応えたいと創価大学に植えた「周桜」、全青連の青年たちと記念植樹した周恩来桜と鄧穎超桜の「周夫婦桜」、創価大学に学ぶ中国人留学生の写真などが収められていた。
 伸一は、アルバムを一ページ一ページ開いて、鄧穎超に見せながら、「留学生も、しっかり勉強しています」と、近況を紹介していった。彼女は、写真に視線を注ぎ、満面に笑みをたたえて言った。
 「日本へ来る前から、創価大学には、ぜひ行きたいと思っていました。しかし、その時間が取れずに残念です」
 そして、前年九月の、伸一の第四次訪中を振り返り、懐かしそうに思い出を語った。
 伸一は、その折、子々孫々の日中友好のために、周総理の精神と輝かしい事績を紹介する周恩来展の日本開催などを提案していた。
 迎賓館での語らいでは、この周恩来展をはじめ、日本訪問の印象、天皇陛下との会見の様子、また、「四つの現代化」に取り組む中国の現状などに話が及んだ。友好的な意見交換がなされ、時間は瞬く間に過ぎていった。
 鄧穎超は伸一に、「ぜひ、また中国においでください」と要請した。彼は、「必ずお伺いします。中国での再会を楽しみにしております」と笑顔で答え、約四十分間に及んだ和やかな語らいは終わった。
 皆、席を立ち、出入り口に向かった。伸一は“鄧先生には、どうしても伝えておかなければ……”と思い、口を開いた。
 「実は、私は創価学会の会長を辞めようと思っています」
 鄧穎超の足が止まった。伸一を直視した。
 「山本先生。それは、いけません。まだまだ若すぎます。何よりあなたには、人民の支持があります。人民の支持がある限り、辞めてはいけません」
 真剣な目であった。周総理と共に、中国の建設にすべてを捧げてきた女性指導者の目であり、人民を慈しむ母の目であった。