勇気の旗高く

〈勇気の旗高く〉池田先生と石川 2019年5月9日人生は強気でいけ!

池田先生が各地の友に寄せたスピーチや指針などを紹介する「勇気の旗高く」。今回は石川県を掲載する。

戸田先生のふるさと
戸田城聖先生の生家は、現在の石川県加賀市塩屋町にあった。池田先生は1999年(平成11年)4月の随筆で、戸田先生が、生まれ故郷に立ち寄った時のエピソードを紹介している。

恩師の生地・塩屋は、大聖寺川が日本海に注ぐ、河口の右岸にある。かつては“北前船”の港として栄えた。
先生は、生前に一度だけ、ご自身の生まれた家に立ち寄られたようだ。
その場所にお住まいであった婦人の話である。
――ある寒い日、コートの襟を立てた長身の男性が訪ねて来た。
「私は、この家で生まれたと聞いている」

男性は、懐かしそうに玄関の柱を撫でていたが、眼鏡の奥に光るものがあった。そして、「この家を大事にしてください。いつまでも、お元気でね」と言われたそうだ。この男性が、戸田先生であった。軍部政府の弾圧で投獄される前年(1942年=昭和17年)の晩秋のことである。先生は、迫り来る大難をまえに、生まれ故郷を眼底に刻もうとされたのだろうか……。

池田先生は、恩師が逝去する半年前の1957年(昭和32年)10月に石川県を初訪問。その当時の心境について「ここに、私の偉大な師匠が生を享けたことを思うと、あの川も、あの山も、あの緑や色づき始めた樹々も、心に染みた。あの道も、この道も、みな懐かしく思えてならなかった」と述懐している。
さらに池田先生は2016年(平成28年)12月、石川平和会館で開催された本部幹部会へのメッセージで、万感の思いを述べた。

それは、戸田先生の生涯の願業であった75万世帯の大折伏が、いよいよ成就されようとする1957年(昭和32年)の秋のことでありました。
戸田先生が、しみじみと言われました。
「大作、俺の生まれ故郷へ一緒に帰りたいな! 俺が行けなくても、お前が代わりに行ってきてくれ!」と。
ふるさとに寄せる、この恩師の熱き心を携え、私は初めて北陸へ走りました。
当時は、東京から金沢まで急行で10時間の旅だったと記憶しています。弟子の一人旅でしたが、命は戸田先生とご一緒でした。
豊かな歴史と文化、また美しい自然が光る金沢、高岡、富山で、意気軒高の北陸同志と大いに語り合いました。
そして寝台列車で舞い戻り、直ちに戸田先生へ、北陸に力強く高鳴る「広布の響き」を詳細にご報告したのです。その折の先生の晴れやかな笑顔は、永遠に忘れることはできません。

あらゆる人を味方に
石川県は、江戸時代の学者・新井白石が「加賀は天下の書府」とたたえた伝統文化の都市だ。ここから日本を代表する数々の文人・哲人が輩出されている。
池田先生は「文化の魂の北陸」と述べつつ、折々の場面で同県出身の偉人の人生観を通し、友を鼓舞してきた。
2008年(平成20年)10月の本部幹部会(創価国際友好会館)では、戸田先生と同じく1900年生まれの物理学者・中谷宇吉郎博士(現在の石川県加賀市出身)の言葉を紹介し、創価の師弟の意義を語った。

中谷博士が、恩師の寺田寅彦博士を讃えて、このように綴ったことは有名である。
「先生の如き人こそ われ等が同時代に生れた光栄を喜ぶべき第一の人であろう」(『中谷宇吉郎随筆選集第1巻』朝日新聞社)
若き私には、戸田先生がいらっしゃった。それが私のすべてであった。
偉大な師匠との「出会い」ほど、人生にとって大事なことはないのである。

2010年(平成22年)2月の全国代表者会議(創価文化会館)では、哲学者・西田幾多郎博士(現在の石川県かほく市出身)の信念に触れつつ、“人生は強気でいけ”と訴えた。

近代日本の哲学者・西田幾多郎博士は、戸田先生と同じ北陸の出身である。『善の研究』などの著作で知られている。博士は手紙にこう綴っている。
「人間は如何なる場合にも強く生きるという精神を失わぬ事肝要と存じます」(『西田幾多郎全集第19巻』岩波書店、現代表記に改めた)
戸田先生も「人生は強気でいけ」と、よく語っておられた。最高の勇気の源泉である妙法を持った私たちである。
どこまでも、強い心で進むことだ。勇気をわき出していくことだ。強い人は幸福だ。人生を楽しんでいける。勢いがなければ、何事も成し遂げることはできない。
たとえ思うようにいかないことがあっても、「最後は必ず勝つ」との大確信で、前を向いて、強気で前進するのだ。
西田博士は、こうも書いている。
「人生健気なる決心より美しきものはなし」(同)
婦人部・女子部をはじめ、尊き学会員は、健気なる決心で生き抜いてこられた。世界広布の大道を堂々と開いてこられた。私も深き決心で世界中の指導者、識者と会い、語らいを重ねてきた。そして、あらゆる人を学会の味方へと変えてきた。
「学会はすごいですね!」「あなたのためなら協力します!」――こう言ってもらえるくらい、誠意を尽くして語り、友情を結んでいくことである。

最後は人間で決まる
池田先生は2003年(平成15年)2月、石川・富山の友に長編詩「大北陸に幸福の旭日よ 輝け!」を贈り、万感の期待を寄せた。

恩師の誓願を
受け継ぎ立ちて
宗教革命と人類の平和へ
歴史の歯車を
轟然と回転させた
「師弟の北陸」よ!
*  *  *
いかなる人生も
いかなる社会も
変化 変化の連続である。
勝利の方へ上昇するのか
敗北の方へ転落するのか。
それは
その根本となる哲学を持つ
人間によって決まる。
これは
不滅の正論である。
*  *  *
皆様の未来の運命は
勝利だ!
そして裕福だ!

さらにまた
社会の柱となりゆく
皆様の惜しみなき活躍には
永遠の栄光を決定づける
自由と完勝が待っている。

さあ
名誉ある
北陸の天地のために
今日も
そして今年も
心ゆくまで楽しみながら
意義ある自分史を綴り
戦いを進めよう!

Translate »