池田先生ご指導

妙法こそが御本仏が全人類に贈られた「遊楽の人生の秘術」なのである。

スポンサーリンク

勤行で経を読むのも、仏を賛嘆申し上げることであり、それはそのまま自分自身の仏界を最高に賛嘆し、強めていることになる。
唱題は、宇宙の最高の宝を日々、我が生命に積んでいるのである。宇宙の根源も南無妙法蓮経、自分自身の生命も南無妙法蓮華経、大聖人の御名前も南無妙法蓮華経であられる。
題目を唱えることは、この宇宙で最高の力を自分の生命から湧き出し、同時に、周囲に強く響かせていくことになる。ゆえに何ものも恐れることはない。


闘争力ない者は、決して「福運」はつかないのだと。私どもの永遠の原則である。
この「闘争力」こそ「信心」である。「闘争力」をもって来た人は皆、人生も勝っている。
大満足の境涯を勝ち得ている。
それが四十五年間、あらゆる人生行路を見てきた私の実感である。
「闘争の心」が破壊されれば、「胸中の城」も崩れる。壊れた器から水が漏れるように…


「友人の拡大」は「仏縁の拡大」「幸福の拡大」


御本尊はもったいないことではあるが、「幸福製造機」にたとえられよう。
妙法こそが御本仏が全人類に贈られた「遊楽の人生の秘術」なのである。


「組織を強くするといっても、実質的には「一人一人の信心を強くする」以外にない。
そのためには「一人」の友に「希望」を与え、信心の歓喜を味わわせてあげることである。
人に「希望」と「歓喜」を与えることは、自分が「希望」と「歓喜」をもっていなければならない。ゆえに仏子に尽くすことは、自分の惰性と魔を破るバネとなる。