小説「新・人間革命」

〈小説「新・人間革命」〉 誓願 四十二 2018年5月15日

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 法悟空 内田健一郎 画 (6372)

 ゴルバチョフは、膠着した状況にあったアフガニスタンからの撤兵を決断した。
一九八七年(昭和六十二年)十二月、米ソ間で、軍事史上画期的なINF(中距離核戦力)の全廃条約が調印された。
また、ソ連の改革は東欧の国々にも及び、自由と民主の潮流は一気に広がり、ポーランド、ハンガリー、チェコスロバキアなどで共産党政権が倒れていった。東欧革命である。
改革の遅れていた東ドイツでは、国民の西側への脱出が続いたが、八九年(平成元年)十一月九日(現地時間)、即日、自由出国を認めるとの発表があった。これは、翌十日から出国ビザの申請を認めるという内容を、広報担当者が間違えてしまったのだ。
検問所に市民が殺到した。やむなく検問所が開けられ、人びとは西ベルリンになだれ込んだ。さらに、ベルリンの壁が打ち壊されていったのである。自由と民主への流れは、歴史の必然であったといってよい。
この八九年の十二月初め、地中海のマルタで、アメリカのブッシュ大統領とソ連のゴルバチョフ共産党書記長(最高会議議長)による米ソ首脳会談が行われた。
そして、両国の首脳が初めて共同記者会見を行い、東西冷戦が終わり、新しい時代が到来したことを宣言したのである。
十二月二十二日、分断の象徴であった、ベルリンのブランデンブルク門が開放された。
山本伸一は、テレビから流れるニュースを見て、六一年(昭和三十六年)十月、ベルリンを訪問し、雨上がりの門の前で、同行のメンバーに語った言葉が思い出された。
「三十年後には、きっと、このベルリンの壁は取り払われているだろう……」
それは、平和を希求する人間の、「良心」と「英知」と「勇気」の勝利に対する確信であった。また、仏法者として世界の平和実現に一身を捧げようと決めた、彼の決意の表明でもあった。以来、二十八年――今、遂に、それが現実となったのだ。時代は、大きな一歩を踏み出したのである。