小説「新・人間革命」

〈小説「新・人間革命」〉 誓願 四十 2018年5月12日

 法悟空 内田健一郎 画 (6370)

 世界は激動している。動かぬ時代もなければ、変わらぬ社会もない。氷結したように見える事態にも、雪解けの時は来る。
山本伸一は、人類の歴史は、必ずや平和の方向へ、融合の流れへと向かっていくことを強く確信していた。いや、“断じて、そうさせていかねばならない”というのが、彼の決意であった。
やがて、米ソの間にも、緊張緩和への流れが生じ始めた。一九六九年(昭和四十四年)には、両国の間でSALT(戦略兵器制限交渉)が始まった。そして、七〇年代には、米ソはSALTⅠ、SALTⅡの調印にまでこぎ着けたのである。SALTⅡは、発効されることはなかったが、互いに敵視し合ってきた両国にとっても、世界にとっても、歴史的な出来事であった。
そのなかで伸一が、憂慮してきたのが、中ソ紛争であった。それは、日本にとっては隣国同士の争いであり、アジアの平和にとっても、重大要件であった。
六八年(同四十三年)九月に学生部総会で伸一が、日中国交正常化や中国の国連参加など、中国問題についての提言を行ったのも、万代への日中の友好促進はもとより、世界平和のために、中国を孤立化させてはならないとの信念からであった。
また彼は、民間人の立場から、中ソ首脳に和睦の道を歩むよう、直接、訴えていった。
提言から六年後の七四年(同四十九年)五月から六月には、初訪中し、李先念副総理らと会見。九月にはソ連を初訪問し、コスイギン首相と会見した。首相からは、「ソ連は中国を攻撃するつもりはありません」との明確な回答を引き出した。そして、十二月の第二次訪中では、このソ連の考えを中国側に伝え、周恩来総理と会見したのである。
すべては、平和のため、民衆のために、両国の対立を解決できないものかという、切実な思いからであった。
あきらめてしまえば事態は何も開けない。平和とは、あきらめの心との闘争である。

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