本年の「本屋大賞」を受賞した小説『かがみの孤城』。主人公である中学1年の女の子・こころは、学校での居場所を失い、家に閉じこもってしまう▼教員も両親も、胸の痛みや葛藤を理解しようとはしてくれない。孤立無援の彼女に寄り添う大人が現れた。フリースクールの喜多嶋先生である。“怠け、逃げているだけだと皆から思われている私を、どうしてかばうの?”。その疑問に先生が答えた。「だって、こころちゃんは毎日、闘ってるでしょう?」▼これと似た場面に、居合わせたことがある。心の病を患った友がいた。責任感の強さゆえか「何もできない自分が情けない」と泣く。そんな彼に先輩は言った。「僕から見れば君は富士山なんだ」▼悠然たる富士。しかし山頂は常に烈風にさらされている。遠くから眺めるだけの人には知る由もないだろう。それでも富士は見る人に勇気を与えずにはおかない。先輩は言う。「君は不安や苦悩の嵐と毎日、闘っている。懸命に生きている。それがどれほどすごいか」。友の瞳に光が宿った▼文豪ゲーテは「信仰は、目に見えないものへの愛」(岩崎英二郎・関楠生訳)と。心は見えない。だが相手に寄り添うことで、互いの心を結ぶことはできる。友の“内なる闘い”をたたえる心を持ちたい。(之)