池田先生ご指導

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組織でよく“10時間唱題”等と銘打って行われる唱題会があります。そもそも、祈りの深さは、題目の数や時間で決まるものではありません。  御書には、「何遍唱えなさい」とか、「何時間あげなさい」とは、どこにも記されていない。

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学会の役職等は、ある意味で仮の姿である。 その人の偉さと幸福を決めるのは、当人の生命の「力」 であり、広宣流布への「信心」である。

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祈りは、ひたすら御本尊に思いの丈をぶつけていけばいいんです。その際、“信”を入れること、つまり、どこまでも御本尊を信じ抜き、無量無辺の功徳力を確信して、魂のこもった祈りを捧げることです。

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題目をあげ切っている人に、怨嫉はありません。ヤキモチはありません。行き詰まりはありません。

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一対一で、いい味のある対話ができ、人間味のある励ましで人を発心させられる人が本物である。その発心こそ長続きする。その決意が起爆剤になる。

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「心」を変えれば、「環境」も変わる。仏法でも「依正不二」「一念三千」と説く。

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人間は、心から納得すれば、自分からすすんで行動する。自発の行動には喜びがある。喜びの「心」が功徳を生み、結果を生む。一方的な指導や、自分しかわからない理屈、裏づけのない話で、人の心をつかめるはずがない。

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宇宙と合致しているのだから生命が大宇宙のリズムに乗らないわけがない。 小さく言えば実相だ。勤行こそ心の、又、生命の最高の化粧法であり、 且つ又、最高の健康法である。

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福運ある自分をつくるまで、そして、人間革命し切るまでは、題目を唱え抜いて、学会につき切って、大聖人の仰せ通りの信心をしていく以外にありません。 忍耐強く励んでいきなさい。最後には、その人が勝つに決まっている。

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すなわち正しい信心とは「諸難」と「功徳」の両方が顕れるものなのです。 難がことごとく功徳に転じると言ってもいいでしょう。

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尊き使命のわが人生、何を誓い、何を願って生きるのか。その奥底の一念通りに、一生は展開する。他のだれのせいでもない。だれに責任する必要もない。 大聖人は「自体顕照」と仰せである。

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朝晩の勤行の時に、まず真剣に願いをかけるのです。自分が願いたいことを順番に紙に書いて、勤行の後の題目の時に、一つずつ自分の生命に叩きこむように真剣に願うのです。

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大宇宙の根源の音律たる南無妙法蓮華経を朗々と唱えながら、社会の発展のため、世界の平和のため、人類の幸福のために、動き、語り、行動していく。これ以上に崇高な人生はない。

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試練の最後はまさに死にゆく時である。そこではこれまでの生き方の全てが白日の下に晒される。

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なかんずく、「広宣流布」そして「立正安国」を誓願する題目が、どれほど莫大なパワーを秘めていることか。

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広布の活動へ、友の激励へと信心のリズムに則った生命はいかなる宿命をも必ず転換することができる。

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絶えず自らを磨き、高めて、「きょうは清々しい話を聞けたな」といわれるような聡明な指導をお願いしたい。 そこに学会が一段と発展しゆくかどうかの鍵があるからだ。

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すべては「今から」「これから」「きょうから」はじまるのです。前へ前へ、朗らかにねばり強く進んでいけば、失敗したことだって、次の成功につなげることができる。 「今」をがんばれば、「過去」さえも光らせ、「未来」をいくらでも開いていける。

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皆さん方、一人ひとりが、創価学会そのものです。それ以外には、創価学会の実体はありえないと確信していただきたい。

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(折伏する時)その生命には大聖人の生命が脈々通ってきて言い知れない偉大な生命力が涌出するとともに、言うことのできない歓喜が身内に漲り、生きる喜びに打ち震えるのである。

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