池田先生ご指導

仏意仏勅たる「広宣流布」に向かいゆく、わが学会には、無敵の兵法がある。「なにの兵法よりも法華経の兵法をもちひ給うべし」

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◆法華経の兵法
必死の勇敢なる信仰者には大勝利の旗が 師弟不二の真髄の道を進め

仏意仏勅たる「広宣流布」に向かいゆく、わが学会には、無敵の兵法がある。
「なにの兵法よりも法華経の兵法をもちひ給うべし」(御書一一九二ページ)
「法華経の兵法」とは、妙法の信心であり、それこそが最強の兵法であると、
日蓮大聖人は仰せなのだ。
永遠に、何ものにも負けない。
永遠に、何ものにも屈しない。
永遠に、何ものをも恐れない。
そして、勝って勝って勝ちまくっていく生命の本源が妙法であるからだ。
この「法華経の兵法」は、戦いのあらゆる極意のなかで、最高峰に位置する
「兵法の王」であり、中国の孫子・呉子の兵法と比しても、遥かに超絶して優
れているのだ。
「兵法剣形の大事も此の妙法より出でたり」(同一一九三ページ)
いかなる兵法も、所詮は、妙法の一分であり、仏法の真髄には絶対に敵わな
いのだ。
大聖人は、「師弟相違せばなに事も成べからず」(同九〇〇ページ)と仰せで
ある。
「法華経の兵法」は、師の教えのまま、死身弘法を貫き、死に物狂いで、妙
法流布に戦い抜く人が、相伝を受けるのだ。
ゆえに、仏法の方程式である「師弟の不二」を感得し、「師資の相承」を受
け継がなければならない。
端的にいえば、師匠に仕えることだ。師匠と共に戦うことだ。
牧口先生を師と定めた戸田先生は、命を捨てる覚悟で、牢獄までお供した。
私は、偉大な大仏法の実践者であられた戸田先生に師事した。
最高の「誇り」であり、最高の「満足」であり、そして最高の「勝利」であ
った。
そして、私は戦った。
「革命は死なり」との決意をもって師に誓い、自分自身に誓って、命をなげ
うって戦った。
この学会の師弟のなかにこそ、「法華経の兵法」が相伝されてきたのである。

2005年(平成17年)6月25日(土)掲載