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池田先生ご指導

試練の最後はまさに死にゆく時である。そこではこれまでの生き方の全てが白日の下に晒される。

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池田先生ご指導

なかんずく、「広宣流布」そして「立正安国」を誓願する題目が、どれほど莫大なパワーを秘めていることか。

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池田先生ご指導

広布の活動へ、友の激励へと信心のリズムに則った生命はいかなる宿命をも必ず転換することができる。

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池田先生ご指導

絶えず自らを磨き、高めて、「きょうは清々しい話を聞けたな」といわれるような聡明な指導をお願いしたい。 そこに学会が一段と発展しゆくかどうかの鍵があるからだ。

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池田先生ご指導

すべては「今から」「これから」「きょうから」はじまるのです。前へ前へ、朗らかにねばり強く進んでいけば、失敗したことだって、次の成功につなげることができる。 「今」をがんばれば、「過去」さえも光らせ、「未来」をいくらでも開いていける。

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池田先生ご指導

皆さん方、一人ひとりが、創価学会そのものです。それ以外には、創価学会の実体はありえないと確信していただきたい。

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池田先生ご指導

(折伏する時)その生命には大聖人の生命が脈々通ってきて言い知れない偉大な生命力が涌出するとともに、言うことのできない歓喜が身内に漲り、生きる喜びに打ち震えるのである。

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池田先生ご指導

広宣流布に生き抜く時、わが生命に、地涌の菩薩の、そして仏の大生命が脈動する。流罪の身であろうが、獄中であろうが、あるいは、闘病の身であっても、そんなことには決して煩わされることのない大歓喜、大充実、大満足の生命が開かれていくのである。

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池田先生ご指導

「法のため」に自分自身を捧げてこそ「人法一箇」に近づいていく。日蓮大聖人の御境涯に一歩、近づいていく。成仏の境涯に近づいていく。自分という「人」が妙法という「法」と一体になっていく。

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池田先生ご指導

信心の世界は「心の世界」である。自身の境涯次第、受けとめ方次第で物事はまったく別の顔を見せていく。

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池田先生ご指導

大御本尊様は向こうにあると思って拝んでおりますが、実はあの三大秘法の御本尊を即南無妙法連華経と唱え、信じたてまつるところのわれらの生命の中にお住みになっていらっしゃるのです。

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池田先生ご指導

本物の人間革命、成仏の道は百パーセント何等かの反作用がある。

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池田先生ご指導

とくに自覚して祈っていなかったことが、あとから振り返ると実現していることもある。

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池田先生ご指導

御本尊を信じる心があれば、罰なんて当たらない。きゅうくつに考えたり、縛られたように感じる必要はない。そもそも「罰」も「功徳」も、自分の生命にあるものが″出る″のであって、だれかが罰を当てるようなものではないのです。

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池田先生ご指導

御本尊への勤行・唱題も、「最高」の発明だから「最高に簡単」なのです。簡単だけれども、御本尊がすごいから、すごい力が出るのです。 しかも、その力は「御本尊が与える」のではなくて、もともと自分の中にあった無限の生命力を「引き出す」のです。そこが大事なのです。 勤行は、自分の眠っている力を引き出す「宝の蔵の鍵」なんです。

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池田先生ご指導

電波と同じように、目には見えないけれど、生命の「十界」の波長が宇宙にはある。少し、難しい話になるが。 問題はどのチャンネルの波長に合わせるかです。

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池田先生ご指導

また、人のために唱えた題目であっても、全部、自分にかえってくる。 人のためにも、自分のためにもなる。両方に功徳が出る。 そうやって何倍も大きな功徳になっていくのです。

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池田先生ご指導

勝利の余韻に浸ると、慢心になる。これでは「次は負け」である。 勝った時にこそ、さらに、次の新しい大きな展望を開く。これで、次も勝利できる。

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池田先生ご指導

一歩深いところに 人間である以上、欲望との追いかけっこは、一生涯やまぬかもしれぬ。 もし、そうだとすれば、人間は永久に確たる幸福を得られないことになる。

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池田先生ご指導

自分の慢心に打ち勝った人のみが、人生の凱歌の記録を残すことができるのである。 すなわち彼は絶対に「もうこれでいい」という慢心には陥らなかった。

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